第18話 生徒と云ふ生き方 part2 


 まもなく夕食の時間になり、同じ部屋の者たちで同じおひつを囲む。


 俺の隣で臭いメシをパクつく魁斗は、同じ食卓につく博巳を恨もうとはしなかった。

 共同生活をするうえで、いくら博巳を恨んでも、相手は室長。手を出したところでチクられるだけ。保てるメンツもない。

 そんな状況でいつまでも根に持っているのは、魁斗本人の精神衛生上よくない。

 ただでさえキツイ施設の生活。魁斗の精神はそんな面倒なことさっさと忘れて、ボンヤリと生きることを選んだ。それだけのことだ。

 博巳はおそらく、魁斗が反撃できないことを、そのまま水に流すだろうことを、感覚的に理解してただろう。そこまで見越してのチクりだ。


 博巳のそういう狡猾さは、施設側にも見抜かれてると思う。

 見抜かれてるからこそ、優秀な生徒と認められる。室長に任命される。 

 それが、この弱肉強食の国での生き残り方。

 同室の入所者を管理する室長になれば、理不尽な暴力から解放される。


 『共同生活する仲間』とか『施設という家庭で共に育つ兄弟』とかなんとか、聞こえのいいこと言いながら、実際はいじめて、ハメて、チクって……そうして他人を出し抜いた奴だけが、この施設内での安全を保証されるんだ。

 そんなド畜生が成績優秀者だなんて。

 室長になってはじめて、怯えないで済むようになるなんて。

 これは決して俺たちだけに限ったことじゃない。他の部屋もだいたいそう。というかもっと酷いかもしれない。


「…………っ」


 茶碗を持ちながら、周囲の食卓を見渡す。

 一号室の井出音也いでおとやは、もう一人の入所者と結託し、同室の二人を激しくイジメている。かなりバイオレンスな雰囲気の部屋だ。

 二号室もそんな感じの力関係のようで、室長の今場虎五郎こんばこごろうだけが肥え太ってる。指導員へのチクリをちらつかせ、食事の大半を独占してるのだ。同室の入所者には最低限の食事しか与えずに。

 俺たちの三号室と、四号室はそこまで激しくない。それでもやっぱり四号室の室長、牛井戸頑駄うしいどがんだは特権を持ってる。その他入所者は、彼と比べると立場が弱く、責められるのは常に彼らだ。


 そういう点で、女子だけの五号室は、さらにヒエラルキーが厳しそう。

 まぁ女子といってもブサイクとおばさんだけだけど。

 その五号室では、相当な年齢に達したおばさん室長が、常に誰かをいじめていた。そういう奴に限って園長や指導員からの信頼が厚い。


 このように室長たちが指導員の威を借り、好き勝手やっているにも関わらず、誰も声を上げて反抗しないのには、ある理由がある。

 この『かがやきの国』は、地元企業とつながりがあるらしく、生活態度に問題なく卒業した入所者は、そこに紹介され、採用されるらしい。

 もちろん待遇は良くないだろう。どうせ最低賃金の丁稚奉公。足元見られるに違いない。ここでの暮らしとどっこいどっこいかもしれない。

 しかし「引きこもりから抜け出すチャンスが欲しい」と思いつつ、何もできずにいた奴なんかは、その紹介を人生の第一目標といわんばかりに目を輝かせている……だから逆らわない。

 そんなのをよく思わないのは、筋金入りのニートの、俺くらいのもの。


 そして室長クラスともなると、それなりにいいところへ斡旋されるらしい。

 大企業の工場だったり、公共工事の下請け企業、インフラ系など……至れりつくせりだ。しかも、何をトチ狂ったか正規社員待遇で。だから必死になるやつはとことん必死になる。

 室長たちを支えているのは、その待遇への期待だ。


 室長たちみたいな奴らが社会に出るとか、控えめに言って悪夢だ。

 嘘、ズル、密告、いじめで生き抜いたやつを、責任あるポジションで採用するなんて、社会にとっての損失でしかない。


 だけど俺が知ってる社会とは、こういう奴らが蔓延ってる場所でもあった。

 騙して、脅して、盗み取る。横暴なやつばっかりが肥え太ってる。

 俺たちは悪者だから殴られるわけじゃない。基本的にはコイツらの都合で、力の誇示のためだけに殴られている。


 このような状況、どこかデジャブを感じないでもない。


 まるで社会の縮図。

 学校、部活、サークル、職場……どこにでもある光景だ。


 従順に生きてたら騙される。

 嘘を信じると出し抜かれる。

 脅されて尻込みしてしまう。


 そんな被害者なんてごまんといる。ここにいる奴らも少なからず被害を受けてると思う。むしろ犠牲者側である可能性が高い。


 ここにはヤンキー、メンヘラ、落ちこぼれ……いろんな奴がいる。

 いろんなやつがいるけど、みんな一様に傷つけられ、騙され続けた被害者なのかもしれない。

 そう考えると、俺たちはもともと割りを食ってる側だ。

 にも関わらず、そこから更にふるいにかけよう、ってのがこの施設。

 しかも親から数百万円の大金をせしめて。

 俺にはここが鬼畜の住み家としか思えない。


 やがやきの国とは、汲み取り便所。

 俺たちとあいつらには、ハエの幼虫か成虫かの違いしかない。

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