第16話 覇王の業《わざ》
この施設では、昼を過ぎると農作業の時間になる。
今日の作業内容は収穫。農園で育った野菜を収穫し、どこかに出荷するため梱包していく作業だ。
この作業、涼しい早朝じゃなく、わざわざ日中の暑い時間にさせられる。
体力の消耗のはげしい昼間に。こういうところに、園長の性根の悪さを感じる。
それに何の疑問も抱かず、ヒィヒィ言いながら作業する入所者は、単純に頭が悪い。
「オラァア!作業始めェ!!」
白っぽく乾燥した地面に、他の入所者たちと一緒に立ち、テキパキと作業に取り掛かる。やらなけらば殴られる。だからさっさと終わらせるに限る。
ここではさまざまな野菜が育てられている。
ビニールハウスではトマトやキュウリといった野菜が育てられている。
でも作物の大部分を占めるのは、レタスや小松菜といった葉物野菜や、ハツカダイコンなどの根菜。それらは露地でも栽培できるし、種をまいてから一ヶ月ほどで収穫できる。てっとりばやく出荷し、収益にする算段だろう。
この施設は、入所者の家族から多額の入学金をもらっている。さらに月謝も払われている。だから相当な収入があるのは確実。
しかしそれにも飽き足らず、入所者に野菜を作らせて売っているのだ。
収益はもちろん『運営費』の名目で懐に入れているはず。なんだこの錬金術。
たとえるなら専門学校の生徒の制作物を、勝手に商品にして売ってるようなもんじゃないか。どんだけの黒字が出てるんだ?
「よいしょ……っと」
摘みとった小松菜を、農園に併設された小屋に運んでいく。
物置として使われているその小屋は、ガレージのようになっていて、その屋根の下で野菜の梱包をするのだ。
野菜に痛みや虫食いがないか確認し、土やほこりを払い、包装用ビニールで包む。次に、この『かがやきの国農園』と書かれたラベルを張っていく。
そうしてできた野菜のパックを『100%オーガニック』と書かれたダンボールに詰め込んでいのが一連の流れ。
ここの野菜はオーガニックと言ってはいるが、内情を知ってるものからすると「どこがオーガニックだよ」と思う。毎日のように化学肥料を追肥して、ポンプで消毒液を散布させてるんだから。より早く成長させ、収穫効率を上げるために。
この施設は、オーガニックをうたいながら化学農法をしている。食品偽装ってやつだ。
こんなの俺はもう驚かないけど、普通に考えたらとんでもないことだ。れっきとした詐欺。
施設の連中は、こんなことして罪悪感ないのか?ないんだろうな。こいつらに罪の意識なんてあるわけがない。
こいつらのやることだ。流通業者や消費者を騙しても何とも思ってないんだろう。
デタラメな論理で入所者を欺いたり、テキトーな話で入所者の家族を騙したりするのと同じ感覚でやってるに違いない。
そもそも農作業により協調性、社会性を……って目的が嘘なんだし。
この作業自体、俺たち入所者の負担を増やして時間を奪い、考える余裕を無くすためだけにやってるようなもの。
働く喜びのための作業、なんてのも嘘っぱちだ。俺たちには一円たりとも還元されてないから、喜びを感じようがない。
「……クソ!」
この施設は排泄物に形容されるのが一番しっくりくる。
頭の中でイライラが渦巻いていく。だけど作業はしなきゃいけない。
俺は手に取った野菜をビニールで包装し、ラベルを貼っていく。
ビニールで包装し、ラベルを貼る。
ビニールで包装し、ラベルを貼る。
ビニールで包装し、ラベルを貼る。
ビニールで包装し、ラベルを……
このように同じ作業を何回も繰り返していく。THE・単純作業。
ガサガサというビニールの音とともに、砂を噛むような退屈な時間が流れていく。
しかし、どこか引っかかる。イライラする。この作業には、退屈とはまた違ったやりきれなさがあるように感じる。
実は俺、クリエイティブな作業じゃないとやる気が出ない系の人間ではない。
単純作業は別に嫌いじゃない。むしろ好きと言っても過言ではないかもしれない。ネトゲの単純なレベリングは好物の部類に入るほどだ。
そんな俺が嫌いなのは、効率の悪い作業。
単純作業にイラつくのではなく、作業内容に効率が感じられないことにイライラする。非効率なやり方を強制されることは、何より苦痛だ。
俺が思うに、この梱包作業には、そのイライラがある。
このもどかしさの原因がどこにあるのか、手を動かしながらずっと考えていた。
何十回、何百回と包装作業を繰り返した俺は、一つの結論にたどり着く。
ここではビニールで包装し、ラベルを貼る流れに手間取りすぎている。俺はそれを非効率に感じていて、イライラしてるのではないか?という結論だ。
この施設は工場と違って規模が小さい。包装するための機械もない。だから包装、ラベル貼り、箱詰めの工程を各々でやっている。
おそらく問題点はそこにある。
小松菜をビニールで包んでラベルを貼る。それを一人でやるとなると、複数の工程をこなすのに、持ち替えや体の向きを変えるのが必要となる。流れ作業とちがって、一人でやらなければならないから。
これじゃ時間のロスが大きく、非効率になるのは当然。
「そう、問題はきっとここなんだ」
だから、俺はこの工程を改善する。
この、ビニールを被せてラベルを貼る、という一連の作業。この工程を別々に分ける。
俺が考えたのはビニールならビニールの、一点集中攻撃をしかけるものだ。
ビニール、ラベル、ビニール、ラベル……ではなくて、ビニールビニールビニール、ラベルラベルラベル、ビニールビニールビニール……という風に。
そうすると包装とラベリングでいちいち持ち替える面倒が、まるごと解消できる。
さらに手や体をスイッチする時間だけでなく、視線や集中を切り替える時間の節約にもなる。
さらに作業をより簡素化する行為なのだから、ミスだって減らせるはず。
「……フフフ」
入所者がアホ面を並べて作業する中、俺は一人でほくそ笑んだ。
この施設の運営側の思惑として、『入所者の負担になって、圧力をかけれるほど良い』というのがあるだろう。俺がしようとしている効率化は、それに逆らうことに他ならない。
バレて殴られるかもしれない。しかし俺はやる。
これは俺が成さねばならぬこと。
ルーチンワーク教育で育まれた俺の心は、あくなき効率化を求めいている!
精神の根幹にかかわることだから、折れるわけにはいかない。
非効率なままだと頭がおかしくなる。作業を効率化すること。それが今の俺に課せられた使命……存在理由のように思う。
ゲームの単純作業で昇り詰めた俺という男……いわば覇王の力を見せる時なのだ。
「よし……行くぞ!」
俺はものすごい勢いで小松菜を包装していく。ビニールビニールビニールの流れだ。
これ、実際にやってみるとものすごい速い。
切り替えがないからとんでもない速さ。自分でやっときながら振り回されそうなスピードだ。
そしてビニール集中攻撃をして、しばらくラベル貼りはしない。ある程度、包装された小松菜が溜まってから、一気にラベルを貼っていく。
ガサガサガサガサ!っと包装し、パッパッパッパッ!とラベルを貼る。それによって箱詰めを待つ小松菜が、どんどんと積み上がっていった。
すごい!またたく間に包装、ラベリングが終わっていく!
一個あたりにかかる時間換算で、さっきまでの50%増……いや70%増はある作業効率だ。
梱包とラベリングの間に待ち構えているタイムロスを省くだけで、こんなに効率的になるとは。しかもまだまだ効率化の余地はある。
俄然おもしろくなってきた!
目に見える成果に、俺のテンションはどんどん上がっていく。
もし小暮や新羽が様子見に来たら、これまでと変わらず、非効率にやってるふりをすればOK。俺は愚鈍な入所者のふりをする。
うおおおお!
俺の心が駆動音をあげる。
慣れてくると、さらにスピードが早まる。地元のお店に卸されるであろう小松菜が梱包され、どんどん積み上がっていく。
中身を満載したオーガニック偽装ダンボールがどんどん生産される!
その様子はまるでマシン。
俺は一人で工場。たった一人の出荷工場だ!
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