第15話 引きこもり支援施設の暮らし part3


 メシの時間を終え、食器や机を片付ける時間。


「オラァ!さっさとしろ!」


 指導員は、こんな時にも目を光らせている。

 食事の時まで緊張しているから、入所者のみんなは疲れ果てていた。一息つけるのは、食後の時間くらいなものだ。

 しかし指導員とはいえただの人間。つけ入るスキもあるだろう。

 俺はそこを狙ってる。なにがなんでも逃げ出すため。


 たとえば指導員が一人だけの時を狙えば?

 いくら体格でまさる指導員でも、みんなで協力して当たれば逃げ出すことだって可能だと思う。正座させられ足がしびれている時を除いて。


 実際にある日の夕方、一番話せる魁斗に、「協力して逃げないか?」と持ちかけたことがある。指導員も、室長の博巳もいない時を見計らって。


 俺の考えた計画はこう。複数人の入所者で協力し、指導員を拘束。鍵を奪って脱走するというプランだ。

 完全な強行策だが、どれだけ屈強な指導員でも、五人以上いればどうにかなる。

 そして交番かどこかの店へ逃げこみ、警察に保護してもらえればいいだけ。

 そして保護されたら、ここで何が行われてるかを洗いざらい喋る。完璧なプランだ。


 でも魁斗は「やめとけ」と言い放った。

 俺は魁斗がビビってるのかと思って、「なんでだよ?みんなで協力すれば脱出できるんだよ!」と言って説得した。

 しかし「無理だ、やめとけ」の一点張り。

 その時は魁斗の態度が不服だった。数人のパワーがあればきっと逃げられる!と思っていたから。


 しかし最近になって分かってきた。俺の計画が無理だってことに。

 ここでは入所者同士が、互いに監視しあっている。

 誰かがヘマをしたり、反抗的だったりすれば、そのことを指導員にチクる。すると密告者の株が上がる。みんながそれを狙っている。

 その密告の積み重ねで指導員に目をかけられると、暴力に晒される回数が減るからだ。これがこの施設の密告システム。


 俺はずっと、この施設の指導員の暴力にはムラがあると感じていた。殴れられないやつも存在していることに気づいてた。そして「従順なやつは殴られる回数がすくないんじゃね?」と思ってた。

 だけどそれはちょっと違った。生活を見るうちに気づいた。

 殴られない奴は、密告と引き換えにお目こぼしをもらっていたのだ。

 そのように密告しまくった結果が、室長という地位。

 密告で入所者たちの上位に君臨できる。

 で、室長ともなればほとんど殴られることはない。だからみんなチクる。


 そんな『密告し、認められるため、誰もが目を光らせてる』状態で、誰かに脱出を持ちかけたりすれば、すぐにチクられるのがオチだ。魁斗はそれを知っていたのだ。

 入所者同士、互いに出過ぎたマネをしないか見張り合う。相互監視状態。

 ここの入所者たちが無気力な原因はそれ。監視の目があらゆる行動力を奪っている。

 だからこの施設は、数人の指導員だけでやっていけてるんだ。


「ハラ減ったなぁ」


「あぁ……肉食いてぇなぁ」


 食後にも関わらず、空腹を感じる入所者の図。

 こんな「腹減った」ってだけの話でも、チクられる可能性がある。

 なので、どうでもいいような愚痴ですら、なるべく人目につかないところでしなきゃいけない。そういう悲しさがこの施設にはある。


 この施設の食事は、粗食を極めた一汁一菜。ぬか臭い米と、味のない味噌汁。あと適当な煮物とかばっかりで、たまに納豆や卵がつけば上等という食事。

 いわゆる昔の日本食と言われてイメージするようなもの。しかもかなり粗食の部類に入る。

 それが一日三食、365日の間、寸分の狂いもなく続く。


 このような食事も、ただ施設側がケチだからってわけじゃない。おそらく何らかの理由がある。

 ここの園長は

 『自由や人権は甘え。西洋の文化に日本は破壊された』

 『人権なんて甘えた赤ちゃんのような精神が蔓延った』

 と言っていた。

 この施設の本棚にある本も、そういった内容の本ばかりだった。

 食事が米と味噌汁の日本食なのも、そういう伝統食至上主義といった論理があるから。


 ピザや焼肉はおろか、休日の昼のチャーハンすら出ないのにも理由がある。

 『乳製品は赤ちゃんが食べるもの』

 『肉食は野蛮人のやること』

 『日本人は元来、油を口にしなかった』

 という論理があるから。


 彼らの考えではそれらは毒。

 ここでの食事は、その毒を吐き出し、一人前の日本人を育てる食事なのだ、とのこと。


 「乳製品を食べるから人権のような甘えた考えが生まれる!」

 「肉を食べるから他人に迷惑をかけるワガママな人格に育つ!」

 「油を食べるから心身がダルくなってニートになる!」


 俺は、博巳がドヤ顔でそう力説していたのを思い出していた。

 そんな時の博巳は、決まって遠くを見ているような目を……魚屋の店先の、鮮度の悪いイカのような目をしているのだ。

 ついでに博巳は、

 「伝統食と体罰で鍛えられた僕たちだけが、欧米の洗脳から脱却できる!僕たちだけが本当の日本人になれるんです!これは幸せなことなんです!!」

 みたいなことも言っていた。


 俺もろくな人間じゃないことは百も承知だ。

 でもやっぱりここにいると、頭おかしくなるのは間違いないと思う。

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