第14話 引きこもり支援施設の暮らし part2
「…………あ~~~~」
「痛てて……」
強制反省の時間が終わり、みんな一斉に正座を解いていく。
正座をさせられてからずっと血が止まっていて、足の感覚がない。そこに血流が戻ると、地獄のようなしびれが走る。だから皆、立ち上がれずにいる。
なので、この時間の後しばらくは、その場で苦悶することになる。しかしこの時、あまりおおっぴらに苦しんではいけない。
「アギャッ!!」
広間に絶叫が響いた。うずくまってた四号室の奴が、小暮に足を蹴られたのだ。しびれにしびれているところを。ガツッと。
このように目立ってしまうと、指導員のターゲットになる。だからみんなあまり取り乱さない。最初の頃は、俺も相当やられた。
あまりに理不尽。残酷なまでの暴力。しかし入所者は、指導員のやることを甘んじて受け入れなければならない。
この施設が教えることに、『この世の真理は弱肉強食』というものがある。
園長いわく「甘えた精神を捨てて大人になるには、弱肉強食の掟を理解する必要がある」とのこと。強者が弱者に振るう暴力は、その言葉によって肯定される。
指導員は先生であり、親であり、恐竜である。
指導員は生殺与奪を握る絶対者だから、目についた入所者を竹刀で殴りつけることも許される。おもむろに蹴り上げるのも当然。
その暴力に理由はない。思慮の足りない子供が昆虫の羽をむしるように、特に理由らしい理由はない。
いや、むしろ理由としては正当なのかもしれない。
ここが弱肉強食の原理を教え込む場所なら、強者である指導員が、弱者である入所者に理不尽な暴力を振るうのは、ある意味では筋が通ってる。
理不尽な暴力は理不尽であればあるほど効果的なんだ。その行為の正誤はともかくとして。
少なくとも、この『かがやきの国』では、弱肉強食が真理なのだから。
昼食のため広間に長机を出していく。まだしびれが抜けない足で。
「……ッラァァア!!」
また施設内のどこかで誰かが怒鳴られてる。
この施設、表向きは『人類愛を持ち、社会に奉仕し、助け合える人間を育てる』とか、もっともらしいことを言ってるが、その実態は暴力&バイオレンス。
そんな施設だから、入所者同士のいじめも当然のように肯定される。なぜなら弱肉強食だから。平等なんてない、それがここの考え方。
「よし、食事を与えてくれた豊かな世界に、やさしい社会に、そしてチャンスをくれた園長先生に感謝しろ!」
食事の時間が始まると、感謝を強要される。
だったら親が施設に月謝払って、こいつらのメシの種になってる俺たちにも感謝しろよ。クソが。
ここではクソみたいな食事しか出ないが、それもさらに少ない。だから奪いあう。
同じ部屋でも意地悪し、出し抜きあうのが当然。隣人を憎むのがここでのルール。
「……?」
さっきの足を蹴られた四号室の入所者が、広間の隅でぐったりしている。
「オイ、何やってんだ?」
そこに小暮が詰め寄ってきた。
「すいません……今日はちょっと体調が……」
もともと体調が悪かったのだろうか。そこにさっきの正座と蹴りだ。彼はそのダメージが抜けないようで、席につけずにいる。
「オルァァァ!」
怒号の後にものすごい音。その方向を見ると、彼は食卓に頭を叩きつけられていた。
「食える食えないの話じゃねーぞ?お前は食わなきゃなんねーんだよ」
顔を茶碗に押し付けられ、力なくもがく彼。その顔には、米が潰れて張り付いて、スエットは味噌汁にまみれている。
「いいか?ニートや引きこもりは、何もしなくても栄養が与えられる。胎児と同じだ。赤ちゃんのまま成長したのが、お前たちみたいなクズ。だからこれまでずっと親に甘えてきた」
小暮が彼に、そう説教している。
意外と喋れるんだな、こいつ。オラァとゴルァしか喋れない系のキャラかと思ってた。
「ここに入れられたお前たちは、親の胎内から出てきたばかりの子供と同じだ。そんなお前たちに知ってもらうのは、自分でエサを獲らないと飢えて死ぬってこと。そして生きていくためには、自分でエサを獲る必要があるということ」
小暮の言葉はこの施設……かがやきの国の理念。そして、指導員としての弁。
「お前らもさっさと食え!」
「い、いただきます!」
小暮の号令で、他の皆も飯に食らいついていく。
食事は毎回、同室の四人で二合半ほどの米びつを囲む。ここでの食事は一汁一菜、しかも少量という粗末なもの。
だからそれに耐えかね、自然とおひつの中身の奪い合いになる。まさに弱肉強食。奪わなければ倒れるだけの戦場だ。
しかし、決して慌ただしくしてはいけないのが、この戦場のルール。
米は基本的に、茶碗に盛れるだけしか当たらない。だから入所者の心理としては最初から山盛りにしたり、急いでかっ込んで早々におかわりをしようとする。それくらい誰でも考える。
だがそれを実行すると「先生!新入りが卑しいことをしています!」とチクられるのだ。
そして罰を食らう。
食事の時間のペナルティとして与えられるのは、主に飯抜きの刑。
同室の先輩としては、何も知らない新入りをダシにすると、そのペナルティのぶん、たくさん食えるという寸法。そんなのに俺はまんまとハメられた。しかも三回も。
そんな環境だから、飯の時間になると、どうにか周りを出し抜けないかとみんな目を光らせてる。こういうのがギスギス、イライラ、憎しみ合いの原因になる。
俺も最初の頃は、ハメられたことに苛立っていた。ちょくちょく助け舟を出してくれる魁斗でも、この時ばかりは俺をかばおうとはしなかった。
だが、それも仕方のないことかもしれない。誰だって腹は減るんだから。
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