第9話 日課
あれから一晩が経った。
むさ苦しい四人部屋。カビ臭いせんべい布団で寝た。
疲れてたせいもあってか、眠りに落ちるのは早かった。
だけど神経が興奮してるようで、途中に何度も目が覚めた。今、こうして起きてからも心臓がドクドクしっぱなしで、いまいち寝た気がしない。胃のあたりが重苦しい。
今、俺はすごいストレスを感じてると思う。
日が昇った後なのに、外は薄暗い。
俺の気持ちのような曇天だなぁ、と窓を見ていたら、廊下側で指導員の声がした。
「オラァ!起床だゴルァ!!」
ドスの利いた声が響き渡る。
この声はあいつ、小暮だ。例の竹刀をバシバシさせている。
同室の皆は、大慌てで布団を上げている。
「戸津床くんも、早く!」
博巳が急いで布団を上げるよう促す。
なんでこんな慌ててるか、言われずともわかる。指導員が来るまでに、布団を片付けてしまわないといけないってやつだろう。遅れると怒鳴られるような。
なんつーかこう、とことん軍隊式だなぁ。こういう施設の考えそうなことだけど。
これには魁斗までがビビってる。ブルドッグみたいなふてぶていしい顔してるくせに、慌てて布団を片付けてる。中身チワワかよ。
「よーし、整列!!」
布団を上げ終えると、今度は廊下に並ぶらしい。みんな飛び出すように部屋から出た。
「ヴォイ!!」
「シェェエイ!」
廊下の向こう。同じように廊下に整列していた一号室の入所者が、いきなり奇声を上げはじめた。
指導員による点呼が始まってるようだ。
「アィィッツ!」
ある種、周囲の目が届かない環境特有の、そこの連中にしか通じない奇妙な風習。
そんな奇声にドン引きしていたら、点呼はすぐに俺のいる三号室まで回ってきた。小暮がズカズカとこっちに歩いてくる。
「あの……」
俺は意を決して、小暮の前に出た。
他のみんながざわつく。しかし言わねばならぬ。そして言い出すならば早い方がいい。
「昨日はいろいろあって、話がこじれて一晩お世話になっちゃったけど、本当に誤解なんですよ?僕は自立できるし、ここにいるのは親の勘違い。それで殴られたり、坊主にされたり、本当にありえない……でも大丈夫!これからでも開放してくれるなら、この件は不問にします!お互いに不幸なことでしたけど、許します!ネットに悪口書いて炎上させたりしません。だから家に帰してください……ねっ?」
指導員に対してそう告げる。
そうなんだ。マジで違うんだ。俺はこんなところに入るような人間じゃない。だから早く開放してくれ。
さすがのこいつらも、この誠意ある態度には考えなおさなきゃいけないだろう。
「……お前、まだ自分の立場が飲み込めてないのか……これは念入りに叩き直さなきゃいけないかもしれないな」
仏頂面で俺の話を聞いていた小暮が、ボソボソとそうつぶやいた。
かと思ったら次の瞬間、俺はふっ飛ばされていた。
不意に横殴りにされた。背中から廊下へ落ちてバウンドし、天地がひっくり返る。
突然のことでまばたきを忘れた目に、見慣れない天井が大写しになる。視界の周囲では、整列した皆が見てる。おい、何見てんだよ。ってうわぁ!小暮まで覗き込んできた!
ゴスッ!ゴスッ!
音を立てて腹や背中を踏みられる。そこからさらに体重をかけて踏みつけてくる。
やっぱりこの施設、おかしい!完全に俺をぶっ潰すつもりできてる!
「違うんだ!俺は正常だ!こんな場所、入るのに同意してない!」
「そりゃ良かったな!」
「グッ……ガハッ!」
胸ぐらを掴まれ、何度も床に叩きつけられる。そして息も絶え絶えの俺の胸ぐらを掴み、小暮は言った。
「本当は引きこもりじゃないとか、契約に同意してないとか、そんなのはどうでもいい。俺たちは、親から金貰ってお前を預かってんだ。だから逃がすわけにはいかねぇんだよ」
それからは馬乗りになって殴られ、足蹴にされる。
引き起こされたかと思ったら、またオラオラッ!と殴り倒される。
それが何回も何回も続いた。そして足腰が立たなくなるまで殴られた。
ボコボコにされた点呼タイムの後は、広間まで行進させられ、朝の体操の時間。
広間の年代物のラジカセから、音割れしたラジオ体操第一が流れ出す。
そして音に合わせ、みんなが体操を始めた。
きちんと仕込まれてるのだろうか、みんな一様に完璧な、同じ動きをする体操。
だけどなぜか不活発で無感動。躍動感のない体操だ。見ているだけでMPを奪われそうになる。
俺は痛くて動けない。同じ部屋の博巳と魁斗に支えられて、やっとここまで歩いてきたくらいなんだから。
「テメェ!サボんじゃねぇ!」
そんな俺に、小暮はケンカキックを食らわせた。みんなの前で盛大にふっ飛ばされる。
ズザーっと力なく倒れ込んだ先の床が臭い。その後は背中の上にのしかかられ、体操の時間はずっと床の臭いを嗅いで終わった。
「メシの準備だコラァ!!」
体操が終わったら広間に長机を出していく。朝食の時間のようだ。しかし俺は飯どころではない。徹底的にボコボコにされたのだから。
しかしヘバってるとまた殴られかねない。だから這うようにして食事の席についた。
同室の連中によって用意されていた朝食は、白米と味噌汁、それと大皿に盛られたおかずのみ。
粗末で見た目からしてマズそう。
にも関わらず、他の入所者はがっつくようにに食べている。みんなそんなに腹減ってるの?
それにしても他の連中の食べっぷりときたら尋常じゃない。みんな眼をギラつかせ、おかわりする瞬間、おかずを取る瞬間を狙ってる。
ってことは、もしかしてかなり空腹なの、か?ってことは、ここの食糧事情って……
この際、マズそうとか言ってられないかもしれない。ここから脱出するにしても、体力がなければいけない。だから食えるうちに食っておかなければ。
痛む体をおして長机につき、力の入らない手で箸と茶碗を取って、メシを口に運ぶ。
「うぷっ!」
その瞬間、反射的に吐き出しそうになってしまう。
よく見ると、茶碗に盛られた白米は黄ばんでネチョネチョしていて、嫌なにおいを放っている。
大皿に盛られたごった煮のおかずも、真っ黒で、何が入ってるかわからない。そしてとにかく生臭い。
マズそうってレベルじゃないぞ!
でもここの連中は、そんなものでも躊躇わずに食っている。
ってことは、ここじゃこれが当たり前なのかよ!?
ここの連中は、毎日これを食わされてる。その事実は、ある意味で殴られるより恐ろしい。
食後、痛いしショックだし、口の中は気持ち悪いしで、広間でうなだれていた。
「大丈夫?」
「だからあんまり逆らうなって言ったじゃねーか」
同室の連中が、心配して話しかけてきた。おなじみの「逆らうと大変なことになる」って話だ。
だけどそういう問題じゃない。問題はこの施設。こんなとこに俺はふさわしくない。
「……俺は、帰るんだ」
壁のスケジュール表を見る。これから午前の勉強とやらがあるらしい。その時だ、その時にまた掛け合ってみる。口を固く結んで今一度、気を引き締める。
「――――体が、もたない」
「坊ちゃんの言うとおりだよ。意地を張っても出られっこない」
そんな俺の様子を察してか、諌められる。
「チッ!」
こいつらは腑抜けだ。
俺と同じで、無理やり拉致られてここに来たんだろ?でも指導員にビビッて従順になった、と。それってただの負け犬じゃねーか。俺はこいつらみたいにはならない。
ドタン!!
「あ?」
突然、施錠されていたドアが開いた。もう次の時間なのか?
「塾歌斉唱~~!!」
「「「ウッス!ウッス!ウッスウッスウッス!」」」
な、なんだ!?
唐突に開いたドアからは指導員が顔を出し、塾歌と言った。そして入所者たちが掛け声を上げ始める。意味がわからん。
「ここの校歌だ!とにかく俺に合わせて歌え!」
魁斗がすかさず俺の隣に寄って、うろたえる俺にアドバイスしてくれた。そして俺が合わせやすいよう、ひときわ大きい声を出す魁斗に合わせ、その歌をうたっていく。
「日本男児の生き様は~~♪」
バンカラ調の歌が広間に響き渡る。引きこもり少年合唱団がここに誕生した。
あとで聞いた話では、もともと別のなんかの主題歌か何かだそうだ。それを園長が気に入って、生徒たちに歌わせてるらしい。JAS○ACさん。お願いします。早く来てください。
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