二章
第10話 公太朗・リポート
………………
母上様。
お元気ですか。
ゆうべ指導員に手紙を出すよう命令されたので、仕方なくお便りします。
あなたが莫大な入学金を払ったこの施設で、僕はいいようにやられてます。
ここの指導員たちは、指導と称して殴る蹴るの暴行を繰り返す暴力マシーンです。
入所者に対して行う苛烈な暴力は、とどまることを知りません。意見することも許されない。
有り体に表現するなら、まるで軍隊のような場所です。生傷が絶えません。
いいや、軍隊ならまだいいほうで、入所者をボコボコにするために指導員が存在してるなんて、軍隊よりひどい。軍隊に失礼です。
もしかして彼らは産業廃棄物処理業者で、我々は殴られ、壊され、処分されようとしているゴミなのではないか?と錯覚してしまうほどです。
こんな場所では更生なんてありえません。母上様。
たしかに僕は良い子ではありませんでした。
しかし、こんな施設を出たって、より酷い引きこもりになるだけです。
PTSDというのはご存知でしょうか。過酷な環境でトラウマを負い、その後の生活にも支障をきたす心の傷のことです。
くわしくはスマホでググってください。ググって、というのはグーグルで検索するということです。
そのPTSDになるのです。こんなところにいると。
高額な月謝も要求されているのは知っています。ひと月あたり十数万円の。
そんな高額費用を要求しておきながら、食事は白米と味噌汁ばかりの粗末なものです。
肉や魚などはほとんど与えられません。そういった栄養の偏った食事により、体重が落ちました。今の僕は、中学生の頃の僕と同じくらいの体重だと思います。
たんぱく質不足により、爪も脆くなって頻繁にひび割れるようになりました。
入浴の回数も週二回に制限されていて、衛生的とは言いがたい環境です。
指導員の気分次第で、ペナルティとして入浴禁止を言い渡されたりもします。このような環境では、殴られた傷が膿んだりする可能性もあります。
これでは近いうちに体を壊して、病院に通院したりすることもありえます。こんなところにいると、何らかの病気にかかるリスクが高まります。暴力を受けるうちに、身体障害者になってしまうほうが早いかもしれません。それは我が戸津床家にとって経済的圧迫の要因になることは明らかです。
精神の健康を害してしまうこともあるでしょう。僕は、この施設を出た後の自分がどういう行動に出るか、保証することができません。精神が不健康になるというのは、そういうことです。
母上様。
どうか懸命な判断を。
あなたの一人息子、公太郎より。
…………
「……なんだ?これは?」
「何って、手紙ですけど?指導の一環で『親に宛てて、施設の中の暮らしを説明する手紙を書け』って話だったんで」
坊主頭にも慣れた俺は、指導員の新羽と話している。呼び出された先の指導員室で。
書かれた手紙に不備がないかチェックしてた新羽指導員は、額にシワを寄せ、こちらを睨みつけた。焼け石のような熱量を持った小暮と比べ、こいつの気質は粘着質。加虐心をそそる相手には執着し、何度もネチネチと絡む癖がある。
「そういうことじゃ……ないよ!!」
ドガッ!
問答無用で蹴られた。やっぱりこうなるのね。
ガッシ、ボカッ!
あれ?まだ殴られるのか?いつもより激しいぞ?
「このバカ野郎!手紙で親を安心させよう、って思わないのかよ!」
新羽は、甲高い声でそう叫び、俺を殴り続けた。こいつらの怒りのツボが分からない。
ていうか、手紙の中身まで検閲するとは思ってねぇよ。
そこから新羽はやりたい放題。「その曲がった根性、叩き直してやる!」と、拳の嵐を降らせた。俺は頭をガードすることしかできなかった。
「お前さぁ、いい加減に素直になれよ?」
「……すいませんでした」
「あぁ?なんだその態度はよぉ!」
壁に叩きつけられる。こめかみがゴリッっといった。
新羽は俺の目つきから、まだ俺の心が折れていないのを見抜いた。ここの職員としての経験がなせるものだろうか。
「お前が素直な心を取り戻すまで、オレたちはヤキを入れ続けるからな」
ひたすら殴られ、新羽がいい加減疲れたところで解放された。
このように俺は、毎日殴られてばかりいる。今日も朝からあちこちが痛い。
「……失礼しました」
呼び出しを食った指導員室を出て、廊下を進みながら周りを見渡した。
この施設は、全体的に雑然としている。
入所者に清掃させているから、床や水飲み場などはきれい。だけど汚い。
きれいな部分とは別に、各種スローガンが書かれた張り紙がしてあったり、脱走防止の鉄柵があったり、竹刀で叩いて壁紙がやぶれたところがあったりで、全体的にきたない。
そして俺は、いまだにこの施設を抜け出せていない。
この施設は引きこもり支援施設。いわゆる引きこもりやニート、非行少年を矯正させるための場所だ。親から多額の入学金をぶんどって、殴って矯正させるってやつ。
広間には自由時間を過ごしている入所者たちがいた。
こいつらは指導員の急な呼び出しに備え、わざわざ広間で待機しているのだ。そして、その広間でも自分の悪口を言われてないか、キョロキョロと当たりを見回している。なんとも卑屈な連中だ。
「……イテェ」
殴られたところが痛む。
今日もしこたま殴られた。
俺の態度がいけなかった部分もあるが、だからって殴る奴がまともなわけがない。暴力の嵐が吹き荒れる場所が、そもそも異常だ。
こいつらの異常性を証明するのは、他のやつらも俺と同じように殴られてること。
大人しい入所者であっても殴られる。施設側の言いつけを守る守らないに関係なく、無差別爆撃のような暴力に、正当性などあるわけがない。
その指導員たちの話を聞くかぎり、こいつらの考え方には『駄目な人間は甘え』というのがあるようだ。
そして『引きこもりやニートは、甘えた人間』という捉え方をしている。だから『子供と同じく怒って教育する』ということになるらしい。それがこの施設のモットー。
ここに連れてこられた時を思い出す。
俺が連れてかれたあの時、「へその緒を断ち切る、第二の出産です」とか何とか言って、俺をディスるようババァにうながしていた。
それを聞いたババァは
「ぎゃあああ!もう無理なの!私だってひとりの人間なの!!母親である前に、ひとりの人間なのよ?もういい加減、親離れしてよおおお!!」
と、今まで見たこともないようなすごい形相で俺を罵倒した。そして俺を殴った。
これまで二十数年いっしょに暮らしていても見たことがない、あまりに衝撃的な母親の姿に、俺の精神はこの記憶を封印していた。
「あれ?なんか勘違いがあったかな?」ってな感じに、あまり考えないようにしてた。
だけど施設の方針を見る限り、勘違いじゃなさそうなのだ。悲しいことに。
そのように『育て直して生まれ変わる、再教育する』というのがここでの指導。
俺を脱がせてフルチンにした時も、『服というプライドを捨てさせ、赤ちゃんに戻す』とか言ってたし。
ここでは指導員が親。入所者は子供という扱い。
そして『子供の生殺与奪は親が握ってるから、親に逆らってはいけない』。それが指導員たちのスタンスだ。
生存権を握ってる保護者に逆らってはいけない、というのはいろいろと問題があるような気もする。だけど、この施設の問題は、とっくにそんなレベルを超越してる。
指導員は『素直な心を取り戻すまで、親の愛を与え続ける』と公言している。もちろん愛とは暴力。入所者を襲う暴力の根拠はそこにある。これが、かがやきの国での日常だ。
もちろん言いたいことはたくさんある。こいつらの異常さを知らしめたい。
しかし、ここの指導員は話を聞く耳すら持たない。
だから俺は、未だにここを抜け出せていない。
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