第2話 愛媛

 菜の花、白魚、宇和島うわじまの春。

 愛媛の主食・一六タルトをかじりながらコダマは瀬戸内海の潮風を浴びていた。

 カルタ天使を強制お手つきで退場させ、なわとび姫の操る鞭のようななわとびの死線をかいくぐり、御朱印は20を超えた。コダマの名はすでに四国中の札所主に知れ渡っている。

 なわとび姫から次の札所と教えられたのは海沿いの古い大きな屋敷。元は武家屋敷だったのだろう。文化財並みに手入れが行き届いている。玄関の前に立つとインターホンはガムテープで封印されていた。

「御免」返事はない。

 コダマは玄関の戸を開ける。と同時に床に、並んだ孔から7本の槍が突き出してきた。この札所の主・メンコ忍者らしい歓待ではあった。この展開は読めていたコダマはもちろん傷一つないが、これがAmazonの配達とかだったらさぞかしまずいことになるだろう。

 さすがだな、の台詞と共に天井裏から降りてきたのはテンプレ通りの忍び装束。顔は頭巾に覆われており目だけがのぞく。声はくぐもっている。

「拙者、メンコ忍者でござる」

 この時、コダマも、そして忍者自身すら気づいていなかったが、「ござる」の部分を発音する時にほんのわずかだが声が小さくなった。この覆面青年は、無意識下でキャラ作りに羞恥を感じていたのだ。しかし当事者二人がそれに気づかずスルーしたので異種闘遊戯対決の儀式は様式通りつつがなく進んでいく。

「私はコダマ。御照魂おてだま道宗家を継ぐために札所勝負を挑みに来た」

「メンコ忍者、この勝負受けるでござる」

 でも玄関ではちょっと、ということで道場まで移動して試合開始。ルールはシンプル。相手が試合続行不能になるか負けを宣言するとこちらの勝利となる。審判はいない。闘遊戯対決では互いが証人なのだ。


 試合は一方的な展開となった。高速で繰り出される忍者の角メンは、縁が金属で補強されておりほとんど変形手裏剣だ。床や壁にグサグサと刺さって、コダマがメンコをよけたルートを示している。指の間に何枚ものメンコを挟み、コダマの動きに応じて的確に手の筋肉だけでメンコを撃ち出してくる。機械のような正確さと防御力、そしてその目は冷酷な暗殺者そのもの。しかもこちらのお手玉は忍者の腕に装備された巨大な丸メンに全て阻まれてしまう。

 いつしか、コダマは道場のコーナーに追い込まれてしまっていた。右手には壁、左手には乱取り用の畳が重ねてある。明らかに優位に立ちながらも、忍者は不用意に距離を詰めてこない。メンコはあらゆる方向から飛んできた。空中のメンコに別のメンコを当てて向きやスピンを変える。まるで何百という鳥にたかられているようだ。お手玉でいくら打ち落としてもキリがない。


 なんとか体制を立て直そうと、コダマは積み上げられた畳に手を掛けた。そしてメンコを防ぐために畳を起こしたとき、一冊の雑誌が畳の間から滑り落ちた。それは忍者がうっかりそこに置きっぱなしにして今まで忘れていたのだ。

 忍者は動揺した。ものすごく動揺した。彼の名誉のために言っておくが、けして成人雑誌ではない。全国に愛読者が多数いる、そのジャンルでは有名な老舗雑誌だ。どんなジャンルかは聞くな。でもとにかく見られたくなかった。なんならエロ本見られる方がマシだ。自意識過剰な青年は体が裸になるより心が裸になる方が恥ずかしいのだ。

 忍者の動揺の理由をコダマは知り得なかった。しかし動揺そのものは知った。そして利用した。

煩悩滅却ぼんのうめっきゃく!翔技・掲諦呪ぎゃていじゅ!」

 無数のお手玉が忍者にたたき込まれて試合終了。


 試合が終わって御朱印ごしゅいんが渡されて次の札所が告げられる。その間も忍者はずっと心乱れたままだった。教訓、道場はきちんと片付けましょう。

 コダマは素直に彼は敗北に傷ついているのだと思い込んでいたが。


 己を信じ切れるか否かが大切な勝敗の分かれ目となることがある。

 どこまでも迷いなく突き進め、コダマ!


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