お手玉少女コダマ!

@kirikirikirin

第1話 香川

「札所巡りに来た」


 時代錯誤な小豆色ジャージの娘はハスキーな声できっぱりと言った。

 今時どこで売ってるのかと聞きたくなるような裾に足掛けの付いたやつだ。年の頃は16・7。30年前からタイムスリップしてきた家出少女と言われても納得の風貌。小柄だが俊敏そうな体の上で、髪を雑に束ねたヘアゴムの2つの大ぶりな赤いビーズが唯一少女らしさを演出していた。印象的な顔のパーツは、まず意思の強そうな黒目がちな一重の目、頬骨と小さなあごが作る三角のフォルム。そしてキッと引き締められた小さな口。

「あいにくここは霊場じゃねえze」

 寺の奥から出てきたアフロヘアの大男は、重心を右足から左足に移動させながらけだるそうに肩をすくめた。ダボダボのパーカーにスウェットのボトム。どう見ても空き家にたむろするヤンキーで、訪ねてきたのが警官なら1秒で署までご同行願う風貌だ。


 ここは四国の北端、竹居たけい岬。県道から外れた林道の奥にあるこの廃寺は、瓦は落ち砕け柱は腐り野良猫が住み着き名所の気配は欠片もない。さびれきったその木造建築物は真冬の木枯らしの中で常より一層寒々しかった。

「いや、ここだ」

 ジャージ少女は黒目がちな一重で男をまっすぐ見据えると前面に「魂」と刺繍された緋縮緬ひぢりめんの座布団型お手玉を水戸黄門の印籠よろしく突き出す。異種闘遊戯対決の申し入れサインだった。

「・・・そーゆうことka」

サングラスの奥でアフロ男の目が鋭く光る。


 刹那、少女は地を蹴って高く跳ねると目にもとまらぬ速さで赤いお手玉のつぶてを繰り出す。よく引き締まった小さな尻がジャージにくっきりと形を浮き上がらせる。アフロは素早くハーフパンツの尻ポケットから剣玉を取り出し剣先で全てのお手玉を串刺しに。そのまま流れる動作でけん先を床に振ると、串刺しお手玉からこぼれた小豆が一面に散らばる。ジャージ娘は体をひねってその小豆トラップを回避して着地。そして再びのにらみ合い。

「ただ者じゃねえna、アンタ。何者da?」

「私はコダマ。御照魂おてだま道宗家を継ぐために八十八番札所勝負を挑みに来た」

 少女が名乗る。アフロはヒュウと口笛を吹いた。驚いたらそうするのがNewYorkerだと信じていた。実際は21世紀のニューヨークで口笛を吹く人はあまりいない。NewYorkerだって驚くことがあったらフツーにiPhoneで写真を撮る。それはともかく、この娘はあの御照魂おてだま道宗家継承者候補である。


 かつて空海は女童めのわらわの遊戯から精神と肉体を鍛える御照魂おてだま道を編み出した。長い歴史の中で御照魂おてだま道は修験道や禅宗などと交わり、四国中に独自の闘遊戯として散らばっていった。その数88。それぞれの闘遊戯に宗家があり、中でも最古にして最強といわれる御照魂おてだま道の宗家を継ぐには、すべての闘遊戯の代表と対決し勝利しなくてはいけない。


 剣玉アフロは武者震いした。宗家の交代など半世紀振りのことである。彼は少女をじっと見つめながらおごそかに宣言した。

「剣玉king、受けて立つze!」

 そして中皿を上にする独特の構えから突如、玉をコダマに向かって振り投げる。迎え撃つお手玉が軌道をそらす。ノンストップに繰り出される空中技。聞こえるのはお手玉と剣玉がぶつかり合う音、そして二人の息づかいとスニーカーの小気味よい摩擦音。ちなみにコダマのシューズはノンブランドのノーマル白スニーカー、kingのはNIKEのニューモデルなのでファッション対決の方は決着が着いている。


 剣玉kingはリーチが長い。コダマの1.5倍はあるだろう。加えて若干の伸縮性を持ったストリングが2m。それを両手に持って自在に操ってくる。広いお堂のどの隅にいても高速の玉に捕らえられてしまう。さらに、寺の床面積は日々の特訓でkingの体に染みついている。挑戦者に足を使わせて体力を消耗させ、弱ったところを一気に叩くのが常道の戦闘スタイルだ。体力を削がれていることはコダマも気付いていた。息が次第に荒くなる。なんとかこちらから仕掛けなくては、そう思った矢先、床に散らばった小豆に足を取られて体勢が崩れる。

 はっとしたその瞬間、コダマの脳裏に祖母の顔がよぎる。


 幼い頃事故で両親を失ったコダマは、唯一の肉親にして現・御照魂おてだま道宗家の祖母に育てられてきた。老体から紡ぎ出される技の数々を目の当たりにし鳥肌を覚えた日。何度追い返してもやってくる道場破り。多くの弟子。山奥の道場での修行中心の生活。そばにはいつも時に厳しく時に優しい祖母がいた。

 その祖母に末期癌の宣告が下ったのが3ヶ月前だった。余命1年。病床で御照魂おてだま道の行く末を案じる彼女にコダマは誓った。

「おばあちゃん。私、必ず御照魂おてだま道を継いでみせる」

 まだ半人前のお前には無理だ、と言う祖母を振り切って、札所巡礼に出たのはつい先日のことだ。


 負けるわけにはいかない!

 右手を床について手首で体を回転させる。手のひらの皮膚が摩擦で悲鳴を上げるのを聞きながら、左手をジャージの中に滑り込ませる。脇腹付近に縫い付けた袋を引きちぎると中にあったお手玉を三本の指の間に素早く固定。そのまま軸にしていた右腕がねじ切れるほどスピンをかけて、二度回転。1度目の回転で1個目が、2度目の回転で2個目が、剣玉kingの顔面をめがけて発射される。

 kingはそのきど動きを読んでいた。悪あがき、そう呟いて的確に1つ目のお手玉を剣玉の玉で弾いて、2つ目を剣先で串刺しに突き止めた。瞬間、一面に茶色い粉が舞う。鼻の粘膜がその粉の正体をコショウだと判別したとき、すでに勝負は着いていた。

 止まらないくしゃみの中で全身にお手玉つぶてがたたき込まれる。

「バカな・・・・・・。この俺が・・・。」

そう言って剣玉kingはくずおれた。

「まさかいきなり烈技・達磨砂嵐だるますなあらしを使うはめになるとは…」

 慎重に口元をふさぎながらコダマが立ち上がる。これから先、思った以上に厳しい旅になりそうだ。


御朱印ごしゅいん、渡してもらおう」

 呼吸が整うとコダマは言った。剣玉kingは尻ポケットからオレンジの派手なお手玉を取り出しコダマに手渡す。コダマは最初の御朱印をぐっと握りしめた。


 おばあちゃん、待っててね。必ず88個集めてみせるから!



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