第3話 高知

 盛夏、コダマは土佐にいた。

 高校球児並みの過密スケジュールで連戦し、勝ち星を重ねる。おはじきプリンセスのおはじきを鉄球入りお手玉で粉砕し、双六仙人を人生双六で破産させ、あやとりディーバ(編みタイツ)とは一夏の冒険アバンチュールを演じ、高知制圧は目前となっていた。

 そして高知最後の夜、札所主に会うためにコダマが訪れたのは地元の夏祭りだった。札所主の名は知らない。「一目見れば分かるわ、恋と一緒よ」そう言ってあやとりディーバはセクシーな口元に笑みを浮かべたが、恋云々はともかく、見れば分かるというのは本当だろう。


 日が落ちても蒸し暑い日。コダマは吹き出す汗タオルでをぬぐった。元々色黒な肌は日に焼けて赤黒くなっており、鼻の頭の皮がぺりぺりとむける。

 札所主を見逃すまい、との決意は祭りの活気の中でかき氷よりも早く溶けて蒸発した。りんご飴をほおばり水風船を突きながら石畳を歩く。お囃子の音色、赤い提灯、チカチカと光るプラスチックの腕輪、ソースの焦げる匂い、デコラティブなチョコバナナ、揃いの浴衣を着た婦人会の一団、遠くに見える花火。


 突然、コダマの歩みが止まった。目の前にコダマを凝視する少女が二人。浴衣は揃いの金魚柄。まっすぐに切りそろえられた髪。折り鶴の髪留め。ほとんど瞬きしないために爬虫類を連想させる大きな瞳。提灯の明かりにほの白く浮かぶ瓜二つの顔。

 たっぷり2秒、コダマと目を合わせてから、二人はゆっくりと歩き出した。コダマも二人に付いて歩き出す。着いた先は人気のない神社だった。双子はそこで初めて口を開いた。

「私たちは折り紙ツインズ。あなたを待っていたわ、コダマ」

 まるで台本でも読むように二人は同時に話し、話しながら高速で折りあげた紙風船を名刺代わりとばかりににコダマに投げよこした。受け取ろうと手を伸ばした手を射貫くように二機の紙飛行機が飛んできた。大きくのけぞってかわしたものの、一機は頬をかすり一筋の赤い線を残す。飛行機は漆引きの高級美濃和紙で折られた。折り紙産業は市場が大きいので道場にもパトロンが付きやすいのだ。

 にじみ出す血に満足そうに微笑む二人。絵金を鑑賞して育った土佐娘の嗜虐性の高さはさすがである。そしてその間も手元はいちべつもくれずに高速で折り紙中。厳密に切り出された直角を幾重にも重ねて尖らせていく。コダマは十分に双子に注意を払いながら片手でお手玉を低くゆり上げる。しゃっしゃっしゃっ。小豆の小気味よい音がコダマを徐々に落ち着かせる。


 攻撃はコダマからだった。相手は二人、できるだけ自分のペースで試合を進めたかった。大小のお手玉を緩急つけて双子にぶつけていく。双子は両手にパクパクを装備して全ての球種を受け止める。ならば、とコダマは反発力のある玉をバウンドさせて攪乱を図る。双子は巨大な盾と兜を巧みな連係プレーで折り上げて難なくかわす。一旦盾を折り上げてしまえば後は有利に試合を進められる。一人が万里の長城よろしく盾を増築している間にもう一人があらゆるバリエーションの手裏剣を投げてくる。

 たまらずコダマは石段を降りて20メートルほど距離をとる。二人は盾の中から動かない。コダマは地面にはたき落とされたお手玉を拾いながら相手の動きをうかがう。


 ふと疑問が湧いた。二人は余裕があるにも関わらず折り紙を拾いに来ない。いくら紙とはいえ、無尽蔵に湧いてくるわけではない。種類とサイズを大量に揃えるのは大変なはずだ。

  単発的な攻撃をしながらコダマは二人の周囲を探った。そして双子の片割れが賽銭箱から折り紙を取り出すところを目撃する。勝機がみえた。千羽鶴シャワーをお手玉つぶてで迎え撃ち、コダマは慎重に2つの小ぶりな白いお手玉を取り出す。

「森羅万象、一切は空に帰す!秘技・お手だ曼荼羅まんだら!」

 スピンを掛けられ、らせんを描きながらカーブするお手玉は、無数の鶴軍に突っ込み、発火した。全ての飛行体に瞬時に炎が広がる。必勝祈願の千羽鶴が塵芥に帰す。お手玉の中身は鉄粉だった。双子は狼狽した。

 視界を覆い尽くす炎の赤壁を打ち破って飛び出したコダマは、双子が驚いて動きを止めているスキに折り紙の盾を取り上げる。それをさっと賽銭箱の上に敷いて、自分もそこに飛び乗った。折り紙四次元箱ボックスを封じられて、二人はあえなく敗北した。


 御朱印ごしゅいんを受け取ったコダマは、試合後の握手を交わして次の札所主の所在を確認すると、わたあめと鈴カステラをゲットするため早々に祭りの中に消えていった。

 食べ過ぎるなよ、コダマ!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る