第3話


「あー。負けたぁー」


 緊張の糸が切れ、真っ暗になった画面に赤い文字で、「YOU DIED.」と浮かび上がったスマホを、ことんとちゃぶ台に置く。


 スマホの前に置かれた、なみなみと麦茶が注がれたグラスを取ると、こくりと飲んだ。


「お疲れ様」


 隣で私のプレイを見ていた夕子ゆうこは、少し頭を傾けて、私の顔を覗き込んでくる。臍ぐらいまで真っ直ぐ伸ばした髪と、大人しそうな儚い印象の顔立ちをした、私のクラスメートだ。今日私は、夕子の家に遊びに来ている。


「んあー。お疲れー」


 私は手を後ろに付き、足を投げ出した姿勢になると、ぐびぐび麦茶を飲みながら、適当な感じに答えた。


 淡いピンクの半袖ロングワンピースに身を包んだ夕子は座り直しながら、眉のあたりで真っ直ぐに切り揃えた前髪をいじりながら続ける。


「……さっきのプレイ」

「ん?」

「あの距離で撃ち込んだのに倒れないって……。あの黒人の人、防弾チョッキ着てたの?」

「いーや? 死体漁ったけれど、着てなかったよ。格好から既に着てないって分かる感じだったしね」

「やっぱり、ちょっと不自然なのかな。このタイトルのゲームバランス」


 私は麦茶を飲み干すと、コップを持っていた手をぴしりと挙げる。


「はーい! 個人的には愛しの散弾銃ショットガンちゃんの集弾率しゅうだんりつが、おかしいと思いましたー!」


 私達がしているのは、スマホゲームの話だ。ジャンルはFPS。正式名はfirst person shootingで、このFPSという略称で通っている。


 どんなゲームなのかとざーっくり説明すると、限られたステージ内を、実在するものだったり、そのゲーム内オリジナルの銃器を持って動き回り、二チームに別れて戦うゲームだ。制限時間内に、より相手チームを倒せた方が勝ち。


 今私がやっていたFPSは、無人島という広大なステージ内で1,000人のプレイヤー同士で個人戦を行う形式を採用しており、生き残った人が、最後に一人になるまで続くというもの。使う銃は実在するものだけで、1,000人は成績により順位付けされ、その順位を競う。因みに集弾率とは、狙った位置にどれだけ弾が散らばらず届くかという割合を示す言葉。集弾率が高い程、いい銃という事になる。より狙った通りに、殺傷能力が分散されずに届くから。近距離では最強の武器である散弾銃ショットガンの集弾率が、あそこまで悪いなんておかしい。そもそもちゃんとした距離で撃てば、一発で相手を倒せる銃なのに。スマホゲームに付き纏う話だが、このタイトルはゲームバランスが上手く取れていないのだろう。……まあ要はFPSとは、花の女子高生がやるようなジャンルではないという事だ。


 普通のJKはFPSなんて、単語の意味から知らないと思う。そもそも普通のJKは、ゲームなんてしないのでは。スマホの中はファッションとかエンタメ、SNSのアプリで占められていそうで、スマホゲームなんてしそうに見えない。女の子は特に、常に誰かとSNSで連絡を取り合ってるし。実際このFPSというジャンルのゲーム男女比は、九割のユーザーが男性と思っていい比率であり、開発側も男性目線で作っている。普通の女の子が喜びそうな、可愛いものなんて登場しない。


「――で、そっちはぶっちゃけどんな感じだった? スマホのFPS」


 私は、ちゃぶ台に置かれた飴玉の袋を勝手に開けながら、夕子に尋ねる。


 夕子はあんまり能動的じゃないタイプで、自分で持って来たお菓子もこうして私が開けないと、触りもしない事が結構ある。


 夕子は細い眉を曲げると、悩むように天井を見上げた。そして、正座した膝の上に置いていた、私が今し方までプレイしていたFPSとはまた別の会社が作ったFPSをしていたスマホを、ちゃぶ台に置く。


「……微妙かな。正直に言って」

「だよねえー」


 私は完全に同意しながら、開けた袋から飴玉を一つ取り出す。


「まずスマホって時点で、操作性が致命的に弱いし」


 言いながら包装を外すと、ひょいっと飴玉を口に放り込む。ソーダ味。


 ユーザビリティとか、使用性と言い換えられるのだろうか。操作性とは。


 ゲームの場合の操作性とは、プレイしていて満足感や不快感が、どれぐらい覚えるかといった意味だ。スマホゲームは正直、操作性が悪い。何故ってコントローラーのように、役割が細かく分けられたボタンが無いから。画面をタッチするだけという余りに単純な操作では、繊細なプレイが出来ない。


 想像すればすぐ分かるけれど、銃で撃ち合うFPSとは、一瞬の遣り取りが勝負を決める。他ジャンルでは広く採用されている、画面を一時停止させる機能も無い。敵と遭遇したその瞬間に勝負は始まり、そして終わる。その一発の弾丸に、全てをかける。FPSとはこの、瞬きも煩わしい程の高い緊張感が堪らない、最高にクールなゲームジャンルだ。


 ……なんだけれど、そんな繊細なプレイヤーの判断を反映させるべき操作性が、スマホゲームは悪い。シンプル過ぎて。まあFPSに限らず、スマホで出来るアクションゲーム全般に言える事だけれど。昔からあるテレビに繋いで遊ぶゲーム――。据え置き型と呼ばれるゲームと比べると、鼻で笑っちゃうぐらい。操作がタッチしか無いなんて、逆に何時代のゲームよって言いたくなる。ショボ過ぎて。


「……色んな会社のFPSを触ってみたけれど」



 夕子が口を開いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る