8.君想うゆえに明日あり
六月十五日、金曜日、朝。
静かに、目が覚めた。心臓の音も、呼吸の音も、何一つ聞こえない。ただ静かな海の上で揺蕩う様な朝だった。
「……戻ってる、か」
日付と時間を確認して、少しだけ落胆する。
そして、歓喜する。本堂彩花はまだ生きているのだと。
「あら? 今日は珍しく早いじゃない」
「今日も、だよ」
「いつも言うほど早くないわよ」
「……そっか」
まだ、今日は終わっていないのだ。
まるで彩花は死ななければならないように、死ぬこと自然であるかのように、その終わりはやってきた。
三度目よりも早い時間に家を出る。
どこにも居たくなかった。できることならこのまま、あの終わりの前に消えてしまいたい。
静かな学校が見える。彩花は、今日も死んでしまうのか、また、巻き戻ってくれるのか。そんなことを考えながら扉を開く。
「滝さん」
「おはよう、今日もいい天気ね」
悠々と、なんでもないような挨拶。
彼女は誰もいないような時間だった三度目の朝もここにいた。
そしていつも席に座って本を読んでいるのだ。
「……バッドエンドは、あまり好きではないのだけれど、どうやらこの本はバッドエンドのようね」
これは、二度目の朝に聞いたことだ。
そういえば挨拶も二度目の朝と同じだった。
違うのは、僕の解答だ。
「決められたものなら、それが誰も幸せにならない、辛くて悲しくて切ないバッドエンドでも、仕方がないと思うよ、僕はそれならそれで、受け入れようと思う」
ハッピーエンドなんて綺麗事を言うことは、もうできない。
決められたものに逆らうことはできない。
物語の結末だとか、ルールだとか、運命だとか、そういうものには。
だから僕は受け入れるしかないのだ。このエンディングを。バッドエンドという結末を。
「いいえ、違うわよね?」
「いや違わな——」
「例え有り得ない程綺麗でも、そこに一つの現実味がなかったとしても報われる方が好きという言葉に、賛成してくれたわよね?」
「え?」
「最近では勧善懲悪のハッピーエンドより何かを失うバッドエンドに共感する人が多い、だけど、報われる方がいいという言葉に賛同してくれたじゃない」
「滝さん、君はもしかして——」
「そう、私はループ以前の記憶を持っている……このループを終わらせる方法も、知っている」
滝夏穂は、笑った。
思ったより冷静な自分がいる。
むしろ一周回って冷静なのかもしれない。
それに、滝さんならと心のどこかで思う自分がいるのだ。
「えっと……本当に?」
「勿論よ、今は四度目だということも、今日体育があって本来ならボールに当たるはずなのに前回はそれを回避したことも、ループの原因が本堂さんの死だということも」
「本当に記憶があるんだね」
「ループの原因については、前回気付いたわ……それと同時に解決法も」
「解決法を教えて欲しい」
「いいわよ、それは——」
そう言って滝さんは息を吸い込み、凛とした声で解決法を告げた。
「……わかった、ありがとう滝さん」
「随分と簡単に信じるのね」
「僕は、滝さんが思っている以上に滝さんを信頼しているよ」
僕がそう言うと、滝さんは珍しく目を丸くして、唇を噛む。
「それともう一つ、君には欠けている記憶があるわよね」
僕の脳裏に、どうしても埋めることのできなかったあの空白が思い浮かぶ。
二度目のループの放課後。あの時間の記憶だけが、僕に欠けている。
「ねぇ、聞いてほしいことがあるわ……欠けた記憶なんて、結局は言い訳でしかないのよ」
そう言って滝さんは震えた息を吐き出す。
「
——まーくん。
記憶のどこかで、 僕を呼ぶ声が聞こえた。
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