4.思い出話に蓋をして

あのサッカーの事件以降は特に何事も無く、僕は放課後を迎えた。

今し方、一日の終わりを告げるチャイムが鳴ったところだ。

結局、一日中どうしても違和感は拭えなかった。一度見たはずの番組をもう一度見るような、そんな気持ちの悪さを。


「じゃあ、また明日」

「あ、滝さん、また明日」


よく通る声での短い挨拶。とても滝さんらしい。

そんなことを考えながら、素早く帰りの用意を済ませていると、教室の扉が勢いよく開かれる。


「おーいっ! 彩花さんが呼びに来てあげたよー!」

「彩花? 部活は?」

「今日はオフ! でも陸上部はあるみたいだし、ただ待つのもなんだから、走ってるとこ見に行かない?」

「いいね」


そんなことを話しながら、教室前の傘立てに1本だけ立てられている傘を抜き取る。

不意に窓から空を見れば、昼間の晴天はどこへやら、空には分厚い雲があり、太陽は陰り始めていた。まさに、梅雨がきた、と言わんばかりの空だ。


「すごいね彩花、本当に雨が降りそうだ」

「でしょ? 私の言うことは当たるんだって!」


ピースサインをこちらに向けながら彩花は声を弾ませる。

その勢いのまま、彩花は踊るような軽やかさでグラウンドへと向かって駆け出す。

しかし、そんな明るさとは裏腹に、窓から差し込む光は薄れ、重苦しい影が静かな波となってじんわりと廊下を染めていく。

暗い空模様に、心が締め付けられるようで、思わず窓から目をそらす。そして、その影から逃れるようにして、僕は彩花の後を追った。


グラウンドの端にある、校舎二階へと直接繋がる階段の下側へと荷物を投げ置き、自分自身はそれより少し上の段へと腰を下ろす。

グラウンドは野球部やら陸上部やらの掛け声で満ちていた。

長身の真はその中にいてもすぐに見つけることができる。


「真のあんな真剣な顔、久しぶりにみた気がする」

「大会が近いもんね……さすが、気合い入ってるねぇ〜!」

「真は相変わらず走るのが好きだよな」

「そういえば昔っからずっと走ってたよね? 私、女の子なのにそのせいで遊ぶっていっても鬼ごっことかサッカーとかばっかり!」

「もしかして彩花、おままごととかしたかったの?」

「ううん、全然!」

「……女の子らしさを期待した僕が悪かったよ」

「何それ! 私だって昔はねぇ……」

「昔は?」

「私、昔は……昔からずっとまーくんのことが好き」


彩花と視線が交わることはない。

交わらない視線の先では、真が丁度、最高のクラウチングスタートを決めていた。

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