3.あらすじを待つ

梅雨という日本特有の季節を無視したような太陽が、夏が近づいてきているということを報せていた。

どこかすっきりとしない脳内とあいまって、暑さがより肌を焦がす。


「暑いね……」

「この時期になるとさすがになあっちぃよなぁ」


真が服の胸元あたりを掴み、ぱたぱたと動かしながら、空を仰ぐ。

体育は隣のクラスと合同で授業をするため、当然だが、隣のクラスである真と彩花がいるのだ。

なので、僕は二人一組で行うパス練習を真としていた。


「けどいいじゃねーか、晴れ! 気持ちいーじゃん」


爽やかな笑顔を見せながら、真がそう言う。軽々とサッカーボールを操るその姿は、酷く眩しい。サッカー部なのかと見紛うほどだ。

心なしか、女子の視線が集まっているのを感じる。いや、確実に集めているのだろう。

どうにも居心地が悪くて、その視線から逃れようとした時だった。


「危ないっ!」

「ん?」


突然真から声をかけられて、振り返る。

その目の前には、誰かが勢いよく蹴りすぎたのか、それなりのスピードがあるサッカーボールが迫ってきていた。

僕に、それを避けるだけの反射神経も運動神経もない。

ばしん、という見事な音がグラウンドに響き渡る。


「〜っ!」

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫」


真が心配そうに顔を覗き込んでくる。

触って確認した限りでは大した怪我はしていないようだ。しばらくすれば、今感じている痛みも引いていくだろう。

どうやらボールを蹴った張本人らしい男子生徒が駆け寄ってきて、僕に何度も頭を下げながら謝る。


「ごめん、本当にごめん!」

「いや、全然大丈夫だよ」


笑顔で手を振って、大丈夫だと言うことを告げると、その男子生徒はもう一度だけ謝ってから走って先程までいた場所へ戻っていったようだった。


「っははは! お前らしいよな!」

「これは僕の運動神経とかの問題じゃないと思うんだけど……」


前にもどこかで経験したことのあるような痛みだ。

それどころか、あの一瞬、僕の脳は、まるで昨日見た映画の内容を反芻するように、ボールが自身に当たると理解していた。

ボールが当たるあの場面を、見たことのなかったはずの場面を、僕は、思い出していたのだ。

どうして今日はこうも不思議な気分になるのだろうか。

溜息をつきながら、のろのろと立ち上がった僕の鼻を、爽やかな檸檬の匂いがかすめた。


「すごい音したけど、大丈夫?」

「うん、何とか」

「もー、ぼーっとしてちゃダメだよ?」


彩花が冗談めかしてそう言う。

何か言い返そうと思って口を開くが、声に出す前にその言葉はホイッスルの音で遮られた。

どうやら、女子には集合がかかったようだ。


「集合しなきゃー、じゃあね!」


彩花はこちらを向き、手を振りながら駆け出す。相変わらず器用な奴だ。


「じゃ、大丈夫そうだし再開しようぜ!」

「ん、了解」


まだ少しだけ痛む鼻柱は気にしないようにしながら、僕はボールを蹴った。

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