2.連鎖する違和
教室、窓側、一番後ろ。まるで漫画みたいなその席が僕の席だ。
「おはよう滝さん」
「おはよう、今日もいい天気ね」
隣の席の彼女、
長い黒髪を時折耳にかけ直しながら本を読む滝さんはどことなく近寄り難い雰囲気を纏っている。
「……バッドエンドは、あまり好きではないのだけれど、どうやらこの本はバッドエンドのようね」
滝さんが溜息をつきながら、ぱたりと本を閉じる。丁度読み終わったようで、本のしおりは一番後ろに挟まれていた。
「最近は勧善懲悪、爽快で痛快で愉快なハッピーエンドより、悲しくて切なくて、何かを失うバッドエンドに共感する人の方が多いんだろうね」
「私は、例え有り得ない程綺麗でも、そこに一つの現実味がなかったとしても報われる方が好きよ」
「僕もだよ」
滝さんとは去年から同じクラスで、何かと縁があり、こうして会話を交わすことが多い。
かと言って、元々口数が多い訳でもないので、最後は自然と無言になっていく。けれど、僕はその沈黙が嫌いではなかった。
「今日は、体育があるのね」
「滝さんは体育が嫌いだったっけ?」
「……いいえ、こう見えても私、運動神経はいい方だと思うわよ」
「そういえば、去年の校内大会は大活躍だったらしいね」
そう答えると、滝さんは少しだけ目を開き、考えるように首を傾げる。
「それは、本堂さんから聞いたのかしら?」
「そうだよ」
「私よりも、彼女の方が活躍していたわよ」
思わず、苦笑いが漏れる。
確かに彩花の運動能力は男である僕から見ても異常だ。幼い頃から僕より男らしかった彼女には何度も助けられたことがあった。
そんな会話をしていると、予定された時刻丁度にチャイムが鳴り始める。
がやがやとしていた教室内の喧騒が、チャイムのなる音とともに静かになっていく。
代わりに、がたがたと椅子を引く音や、机から何かを取り出すような音が教室を埋めた。
「起立、礼」
委員長の挨拶で授業が始まる。
一時間目はやけに聞き覚えのある現代文の授業だった。
——今日は、天気がいい。
窓から差し込む光に、体が心地よい温度へと高められていく。
次第に視界はぼんやりと霞み、頬杖をついている右手に脳の重みがのしかかる。
手に持っていたはずのシャープペンシルはとっくの昔にノートの上に転がしてしまった。
そして意識は完全に夢の中へと落ちていく。
僕は、夢の中で僕を眺めていた。
正確には僕達を、だ。分厚い灰色の雲と、そこから溢れ出る雨が僕達三人に降り注いでいる。赤、紺、黒の傘が仲良く並んでいて、時折、距離が近すぎるのか、ぶつかり合ってがさがさとお互いを揺らしていた。
(今朝見た、夢……?)
そう思い当たるのにさして時間はかからなかった。
その時。車道を走っていたはずの車が不自然に曲がり始める。
そして、赤色の傘が、ひらりと舞った。
「……ぇ、ねぇ、そろそろ起きた方がいいんじゃないかしら?」
「――滝、さん?」
「そろそろ授業は終わりの時間だし、次は体育よ」
「あ、うん、ありがとう」
そう答えると同時にチャイムが鳴る。
あまりにも鮮明な夢だった。二度も同じ夢を見るものだろうか。果たしてあれは、本当に夢なのか。
「違和感なんていう不確かな感覚を、不確かで、不透明で、曖昧だからといって、切り捨ててはいけないのよ」
「……え?」
「次は体育ね、早く着替えた方がいいわよ」
くるり、と滝さんのスカートが翻る。
女子は隣の教室で着替えをすることになっているのだ。
二度も見た夢、鮮明な、記憶のような夢。
違和感のある夢。
僕は果たしてそれを、夢として切り捨てて、いいのだろうか。
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