ハッピーエンドに君はいない
花座 緑
1.世界線は追いついた
六月十五日、金曜日、夕方。
嫌な雨の降る夕方だった。一緒に下校している幼馴染二人と他愛もない会話を交わす。
いつもなら綺麗に見えるはずの夕陽も、今日は生憎分厚い雲に覆われて見えそうにもない。
そんな、ただ少し憂鬱な日。
いつもの、日常——だと、信じていた。
突然、光が差し込む。自然の柔らかな光ではなく、とても無機質な人工の、車のヘッドライトによって。
「……え?」
そう認識したと同時に、ぐしゃり、という音が響く。
赤色の傘がふわり、と灰色の空に舞う。
つい先程まで、幼馴染の一人である本堂彩花がお気に入りだと言って好んで使っていた傘だ。
「あ、彩花……」
もう一人の幼馴染、
まだ目の前の現実を理解出来ていないようで、その目はあちこちを彷徨い、彩花を写してはいない。
真っ赤な血で、雨と同じようにアスファルトを濡らす彩花の姿を。
その日確かに
六月十五日、金曜日、朝。
今日は金曜日。全国の学生の疲れは僕のように溜まってきているところだろう。
朝早くからうるさく鳴り響く目覚まし時計を止めて、布団から這い出す。
「いつまで寝てるの! 遅刻するわよー! もう、真くんも彩花ちゃんも来てるわよ!」
「今行くから……そんなに叫ばなくても聞こえるよ」
目覚まし時計よりも音量を間違えている母の声を聞き流しながら制服に着替える。
それにしても、今日の目覚めは最悪だ。
今日と明日をだらだらと過ごした挙句、最後は彩花が交通事故に遭う、そんな夢を見た。
思わず朝起きた瞬間、携帯で日付と時間を確認したぐらいだ。
「っと、今日は体育があるんだっけか」
そういえば、夢の中でも体育をしていた。
サッカーをしていて、顔にボールが直撃するという、これまたあまりよくない夢。
あまりにもはっきりと夢を記憶しているからか、まだぼんやりとする脳をなんとか働かせながら、用意を手早く済ませる。
「じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
玄関を開けてすぐのところに幼馴染の二人が立っていた。
「おはよう」
「おはよ! 今日は雨が降るから傘持って行きなよー」
「おはよう、ぼさっとしてないで行くぞー」
「今日こんなに天気いいのに雨とか降るの?」
「絶対降る!」
「ってさっきからずっと言ってんだよ、しゃーなし付き合ってやろうぜー」
「あ! 仕方なくないでしょー! もうっ」
そんな会話を聞き流しながら傘を持ち出し、幼馴染二人に急かされるようにして歩き出す。
今年はクラスが二人と離れたせいか、彩花も真も会う度にこうして色々気にかけてくれている、ような気がする。そんなに僕には友達がいないように見えるのだろうか。
「今日、体育あったよね?」
「うん、まあ……サッカーだっけ」
「そう! 朝からサッカーでしょ? そんなにぼーっとしてたらこけちゃうんじゃない? もしかして、ボールが当たっちゃったり……?」
「はははっ、さすがにそれはないだろ、彩花も心配しすぎだって」
「だよねー、さすがにね!」
「二人とも僕に対する評価が低いよね……」
そういえばそんな夢を見たけれど。こんな会話を夢の中でしていたような気がするけれど。
これは、きっと偶然の一致だ。単純な既視感。あまりにも不透明な記憶の欠片に過ぎない。
「またぼーっとしてるでしょ?」
「ごめん、今朝は夢見が悪くって」
「夢か……、俺もなんか見てた気がするんだけど忘れてんだよなー」
「夢なんてそんな物だし、真はどうせ走ってる夢だろ」
「よっ陸上部! 今日も頑張ってね!」
「おうよ、この俺に任せとけって」
「何をだよ……」
爽やかな晴天の通学路に笑い声が響く。
この時期には珍しい雲一つない青空だった。
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