理想の彼女
テーブルに向かい合わせで、俺と白石の二人きりだ。白石は今日も本を読んでいた。俺はノートを広げて……今日も何もはかどらなかった。俺はペンを置いて、白石に声をかけた。
「梶本は今頃何やってるんだろうな。菊川さんと楽しくしてるんだろうか」
「気になるの?」
白石がくすっと笑う。気になる――それは、そうだけど。しかしそれよりも、このまま梶本が部活に来なくなくなるんじゃないかと心配する。
「何だか梶本がいないと寂しいな、と思って」
「そうだね。一人足りなくても――、でも、月一の読書会に参加して、部誌に出す作品をきちんと持ってきてくれれば、それで言うことはないんだけどね」
頻繁に顔を合わせていても、特にすることはないクラブなわけだ。とはいえ。俺は体重の椅子の後ろにかけて、身体を揺らした。
「まあそのうち来るだろうけどさ。今は浮かれきってるんだろう」
「それにしても、ずいぶん、ぴったりの女の子だよね」
白石が言った。一瞬、何のことかわからず、しかし、菊川雪乃の姿を思い浮かべて、ああ、と思った。彼女は梶本の作品に出てくるヒロインたちによく似ている。だから、まさに梶本の理想通りの女の子が奴の前に現れたと言いたいのだろう。
「本当に、まるで小説から抜け出したみたいに――」
その言葉を言って、俺はどきりとした。本当に、抜け出したみたいだ。小柄で華奢で黒髪で。はにかむ笑顔を浮かべた控え目な少女。まさにそのままだ。実際にはいないんじゃないかなと思っていたタイプが、三次元に存在している。
いや、こういうタイプ自体はそれなりにいるのかもしれない。けれども梶本の前に現れて、彼に好意を持った(たぶん、梶本のことが好き――少なくとも嫌いではないはずだ。一緒にいたときの態度を見ると)、というのは……。ずいぶんと出来過ぎた話じゃないか。
「偶然……にしては、すごい偶然だよな」
「偶然じゃないかも」
白石が言う。俺は彼女を見た。
「どういうことだ?」
「部誌に載せた梶本の作品を読んで、梶本のことを好きになり、彼に好かれそうな女の子になるよう頑張ったのかも」
部誌は文化祭などで配っている。だから他校の生徒がそれを読んでもおかしくはない。そしてそれを読んだ菊川雪乃が梶本に恋をし、彼好みの少女になった、と……。いやいやいや。なんだか信じられない。
もしそうだとしたら、あんな美少女にそこまで好いてもらえるなんて羨ましい……いや。あまり羨ましくないかも。なんだかそれはちょっとストーカー的というか、思いつめた雰囲気さえ漂う。そもそも作品を読んだだけ、会ったこともない男にそこまで入れ込むというのも。なんだか怖い。
「――さすがにそれはないだろうけど」
俺が無言で引いていることを察したのか、白石はあっさりと自分の考えを退けた。そして頬杖をついて軽くため息をついた。
「でもこのまま来なくなるのはちょっと困ったことだね」
「だろう?」
「ただでさえ少ない部員がさらに減るのは困る。それに部室の植物の世話もある」
「ああ……」
梶本が持ってきた鉢がいくつかある。そういえば、あの謎の植物はどうなったんだろう。見ると、いつの間にか花を咲かせていた。真っ白い一重の花だった。コスモスに少し似ている。でも何の花なのかは俺にはわからない。ともかく、すっきりとして綺麗な花だった。
「今は私が面倒みてるんだけどね。あの謎の種だって開花したのになあ……。あんなに咲くのを楽しみにしてたのに……」
本当だよ、と俺は思う。植物を愛する心優しい梶本だった。けれども今はそれを忘れてしまって、花たちの世話も人任せにしてしまっている。そんなにあの美少女がいいのか!? と俺は幾分腹立たしく思った。あの小鹿のような目をした可憐な少女。あの子がそんなに……まあ、いいかもしれない。
一度きちんと梶本と話をしなければならないな、と思った。話。といっても何を話すのだろうという気はするが。とりあえず、もうちょっと部室に顔を出すように言おうか。俺が考えていると、白石はまた読書に戻っていった。
――――
そう意気込んだはいいものの、現実にはなかなか上手くいかない。翌日俺は梶本に、もうちょっと部室に顔を出すよう言った。けれども梶本は、少し忙しくて……と言葉を濁すだけだった。何が忙しいんだ、と思ったが、どうも強く出られない。
その日の放課後は、帰りがけに図書館に寄った。用を済ませて図書館を出、近くのバス停へと向かう。が、途中で俺は足を止めた。バス停に、二人の男女がいるのを見たからだ。
まだ新しい、可愛い木のベンチに二人が腰かけている。男の方は、夕凪高校の制服を着ている。女の方は私服。長い黒髪に白いブラウス、濃いグレイの長めのスカート。男の方は大柄で……。すぐに分かった。梶本と菊川雪乃だ。
寄り添うように二人は並んで座っている。二人とも笑顔だ。何かを見ている。道に降り立ったスズメを見ているらしい。菊川雪乃が微笑んで、何かを言う。梶本がそれに返す。二人が何を言ってるのかまではわからないが、とにかく仲の良さは伝わってくる。
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