美少女現る
その日は部活がなく、放課後、帰る途中で学校近くの本屋に寄った。入口でばったり白石に出くわす。ここで白石に会うことはたまにある。お互い目線で挨拶して、それぞれ目当ての売り場に向かおうとした、時だった。
入口に入って左、雑誌コーナーに行こうと身体の向きを変えて、俺はそこで足を止めた。向かう先に梶本がいたのだ。いや、梶本だけではない。もう一人いた。見たことのない人物だった。同い年くらい。高校生。でもうちの学校で見たことはない。うちの制服を着ているわけでもない。そして――驚くべきことに、その人物は女性だった。
驚くべきこととは、どういうことか? 梶本は奥手なのだ。それはそれは奥手なのだ。女の子と目を合わせて喋れないって言うんだ。普通に話せるのはお母さんだけ、って。うん、そういう気持ちは俺もわかるぞ。かくいう俺もそんなタイプだから。
しかし……その梶本が女の子と一緒にいるのだ。しかもしかも親しげなのだ。梶本は、蕩けるような笑みを浮かべて女の子のほうを見ている。女の子も、笑顔で梶本を見上げている。その表情は、楽しそうだ。
女の子は、これまたびっくりするくらい綺麗だった。長い黒髪。長い黒髪はきちんと手入れしないと汚さが目立つものだが、この黒髪は綺麗だった。軽やかに艶やかに、流れるように肩から背へと垂れている。女の子は小柄で、細っこかった。でかい梶本と一緒にいるとその華奢さが際立つ。
白い手足。着ているものまで白い。清楚なワンピースだ。目はぱっちりと大きく、濃い睫毛でびっしりと縁どられている。その目が、梶本を見て嬉しそうに細められる。白い頬に赤みがさし、鼻はすっとして形よく、唇も健康そうに赤くて可憐だった。その唇が笑いの形になり、そして動く。梶本に何か言ってるのだった。
気づけば、白石が隣に来ていた。そして一緒になって立ち止まって、梶本のほうを見ている。どうも白石も驚いているようだった。梶本が、ようやくこちらに気づいた。
「あ、池谷に白石」
そう言って、梶本は笑う。すごく……幸せそうなんだ。どうしたんだ、奴は。
「あ、その……」
隣の美少女は誰だ? 俺はすごく聞きたい。白石だってそうだと思う。けれども上手く聞けず、口ごもってしまう。しかし、梶本はこちらの気持ちを察してくれた。
「ああ、この人は、菊川さんって言って、この前偶然、図書館で知り合って仲良くなって……」
でれでれとした笑顔のまま、梶本が美少女をこちらに紹介する。美少女は少し恥ずかしそうに、俺たちのほうを見た。
「こんにちは」
小さな、けれども美しい声だった。鈴を振るような声、とでもいうのかな。美少女は人見知りなたちなようで、それだけ言うと、梶本の後ろに隠れたそうに少し身体を引っ込めた。
「こいつらは池谷と白石。男のほうが池谷で女のほうが白石。同じ文芸部の友達なんだ」
今度は、美少女に、菊川さんに、梶本が説明している。菊川さんは納得して、こちらに笑顔を向けた。いやしかし。ほんとに美少女ではないか? 芸能人並みといっていい。
小鹿のような彼女の目を見ていると、急に梶本が今まで書いた小説を思い出した。そこに出てくるヒロインたち。どれも似たようなタイプであったけど……そのヒロインたちによく似てないか? 目の前の美少女は。
俺は動揺していた。梶本が美少女を連れていることもそうだけど、その美少女が、彼の理想のタイプ(おそらく)と驚くほど一致しているのだ。美少女はこちらを見て、はにかんで微笑んでいる。俺も微笑みを返す。けれども心はどうにも落ち着かなかった。
――――
翌日、学校で梶本からさらに詳しいことを聞いた。彼女とはほんの何日か前に知り合ったということ。図書館の入り口で、うっかりぶつかりそうになって、梶本が手にしていた本を落としてしまった。それを彼女が拾ってくれたのがきっかけらしい。なんだか漫画みたいだけどそういうことって実際にあるんだなあ。
で、その本はあるファンタジーのシリーズものだったのだけど、彼女もまたその作品が好きなことが明らかになり、二人で話が弾んだらしい。ますますフィクションめいているけど……まあそういうこともあるんだろう。
彼女の名前は菊川雪乃といって、うちの高校の近所にある、花園大学付属の女子高に通う二年生であるらしい。どうりで見たことないはずだった。あんな顔が校内を歩いていれば、一目見れば忘れないし、学校一の美少女として噂になってるはずだった。
彼女の話をしながら、梶本は終始でれでれしていた。不甲斐ない奴め。俺は正直複雑な気分だったけど、それは表に出さなかった。複雑な気分だったのは――同じモテないもの同士として――仲間だと思っていた梶本に先を越されてしまったからであり――つまりは嫉妬なのだ。みっともない。だから俺はそれを隠して、菊川さんってすごい可愛いよなあ、と言い、あんな美少女と仲良くなるなんて羨ましいぞ、と言った。
梶本に春が来た――まあ、それはいいのだ。そういう日も来るだろう。しかししばらくして奴はすっかり腑抜けになってしまってるのではないかと、俺は思い始めた。
部活に顔を出さなくなったのだ。放課後はそそくさと帰ってしまう。もっとも文芸部なので、そう毎日顔を合わせなければいけないことがあるわけではない。しかしそれにしても……。いささかあんまりではないか?
その日の部活にも、梶本はいなかった。部室には俺と白石の二人だけ。白石と二人きりというのは、当初思い描いていたよりも気まずいものではなくなっていた。けれども。梶本がいないとやっぱり寂しい。あの巨体がないと、部室がすかすかしてしまう。
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