第20話【美少女、美少女宇宙人の身体に興味を持ってしまう】(俺たちの戦いはこれからだ! その二)

(あっ、そうだ。ちょっと持ってくる)

 なにを? と思ったその瞬間にはもうロインは立ち上がり動いていた。いったんUFOの天井の中へと消えるロイン。

(これこれ)と言いながら持って降りてきたのはハンガーに掛けられたわたしの制服、それにトートバッグだった。

 不覚にも今わたしが着ている服に知らぬ間にわたし自身馴染んでしまっていた。わたしが着ているこのほぼ真っ黄色のゴスロリファッションのまま家に帰ったら完全にヘンなヒトになっていたところだ。すっかり感覚が麻痺してしまっていたとしか言いようがない。

 わたしはわたしの制服をロインから手渡された。本来のローファーとソックスも。

(残念だなー『ふたばどーり・みさ』さんに似合っていたのに)

 言われても微妙に嬉しくない。

 しかしそれ以上に気になるのはロインに動こうとする意思がまったく無さそうなこと。

なぜわたしがあなたの前で生着替えを披露しなきゃいけないの? 気を効かせて立ち去るとか後ろを向くとかそういう素振りがまるでない。

 恥ずかしくないと言ったら完全な嘘だ。しかしここで『どこかに行って欲しい』と言うのも恥ずかしがっていることをアピールするようなもの。


 えいやっ! とわたしは思い切ったことをした。

 ふぁさっと足元に重力に任せるまま着ている服を落とした。だけど最低限角度だけには気を使った。もちろんロインから見て前向きにも後ろ向きにもわたしはならない。身体の角度は真横に限る。当たり前だ。前向きなら真っ正面から下着姿が見られてしまう。後ろ向きだとお尻がまるで無防備になる。

 まず『いの一番』にスパッツを履き極めて手早く迅速にわたしは着替えを済ませた。時間にして一分を切っていたと思う。でも無限に長い一分未満でようやくわたしの『恥ずかしタイム』が終わった。

 きっ、とロインの方へ視線を送ると相も変わらずにこにこと邪気の無さそうな笑顔。この顔はすっかりデフォルトのよう。

 あっ! と思った。わたしは気づいてしまった。


 ロインにしろ美少女学園長にしろこの宇宙人たちは人の内心を簡単に読む。そのことが今、頭の中に無かった。——ということは……わたしが恥ずかしがりながらも強がっていたその心の内が筒抜けになっていた——


 猛烈に腹が立ってきたけど怒りの感情が全てじゃない。身体が自然と火照ってくる。このサドっ娘が。

 あのすっごく気に食わない美少女学園長が言ったことがフラッシュバックしてきた。いったいロインってわたしにとってなに?

 誘拐犯? それとも——

「ねえロイン。わたしはあなたのいうことを全部きいてあげたよね?」

(え? きいてはくれたんだけどいろいろ言われながらだし)

「いろいろ言うは言ったけど、結局あなたのいうことを全部きいたのがわたし」

(そ。そうかもー)

「で、地球に着いたらわたしとあなたはお別れになってしまうよね?」

(え?)

 ロインの顔が少し曇ったような気がした。

「だから最後にわたしの方からのお願いをひとつだけきいてくれない?」

 わたしはだんだんとドキドキしてくる。これからわたし、とんでもないことを口にしようとしている。

(うん)

 ロインは返事をしてしまった。わたしの心臓の鼓動が早くなってくる。そんな気がしてしまう。

「ときにロイン、さっきわたしの着替えをずーっと、じっと見てたよね?」

(あれ? 『ふたばどーり・みさ』さんのお願いって……)

「見・て・た・よ・ね・?」こっちには十二分すぎるほどの前振りが必要なの!

(はい。見ました。白い下着でしたね。少し変わってますね)

 『変わってる』は余計だ! こっちじゃ『真っ赤』よりは普通だ!

「自分だけはしっかり服、着・て・た・よ・ね・?」

(はっ、はい)

「わたしひとり見せ物みたくなって、すっごく恥ずかしかった」

(……あの、それで……?)

「ロインにも恥ずかしい目に遭ってもらわないと」

(分かりました。わたしも下着姿を見せればいいんですね?)

「甘いっ」

(どういうことです?)


 つばを飲み込んでしまう。今からわたしとんでもないことを言う。だけどもうここまで言ってしまってもはや引くに引けない。

「わたしが興味あるのはその『赤い下着』に包まれた中身。端的に言って宇宙人の身体のしくみに興味があるの」

(あの……む、胸の方と下の方とあるけど……)

「そうね……『全部』と言いたいところだけどそれじゃひどすぎるから……」

(そうだよねっ!)

「下だけ」

(した、って……)

「肝心なのは下。だから下だけでいいから」

(『ふたばどーり・みさ』さんはこんなものが見たいんですか。へーえ——)

「『いやらしいんだね』とでも言うつもり?」

(!!っ! どうして読めたんです? まさか『その力』隠してたんですかっ!?)

「隠すもなにも誰にでも想像がつくってこと。それからあなたの質問だけど、あなたの『こんなもの』を見たいのでよろしくね」そこまで言うとロインは遂に観念したようになった。

(下に着てる服、全部脱げばいいんですか?)

 『脱ぐ』という直截的表現をこの耳に聞いて身体にビビビッと電流のようなものが来た。

「い、いやそこまではいい」なぜか今になっておかしな譲歩。「下着を足首のところまで下ろして後はスカートをたくし上げてくれればいい」そう口が動いていた。


「分かりました」

 『分かった』と確かに聞いた。もう間もなくわたしは宇宙人のを、ロインのを生で目にすることになる。ロインはスカートの中に両手を入れ始め……

「ちょっと待ちなさいロインっ!」

 ロインはなにも言わずわたしの方へと顔を上げた。

「嫌ならやめてもいいんだからね」これはたぶんためにする言い訳だと自覚した。

(覚悟を揺らすようなことしないでください)、そう言うとロインは腰を曲げ一気に下着を足首まで下げた。くたっとした赤い布が視界に入る。

 次の瞬間だ。ロインは僅かのためらいも感じさせずばっ、とスカートの前をたくし上げた。

 見ちゃった。 

 みーちゃった、みーちゃった。と心の中でふしをつけて歌ってみた。


 しゃがんでみる。顔を徐々に近づけていく。むろん或る地点まででブレーキがかかる。だがここまででも十分近い。

 手を伸ばせば——いえ、指を伸ばせば、もう、すぐ触れられる位置にそれはある。


 そっとなら触れて良いよね……


 腕が上がり、指が動きかけ、いえ実際に動いてた。いやっ、良くないっ! その動作をすんでの所で押さえ込んだ! 理性で無理矢理。危なかった。でももしかして後でこの機会を逃したことを激しく後悔してしまうかもしれない。そう思ってしまう不覚も嫌だ。

 わたしは触らなかった!

 指で少しでも触れてしまったらもう超えてはならない一線を超えるような気がしたから。

「もういいから」わたしがそう言うと瞬く間にたくし上げたスカートが緞帳(どんちょう)のように落ちてきてその大事な部分を隠してしまった。もう見ることはない——二度と。

 ロインは赤い下着を上にあげ始めた。さすがに目を切って立ち上がった。ロインは下着をはき直し終わったよう。その気配でわたしはロインの方へと視線を送る。すぐ目の前にロインの顔。ぎこちない笑顔を浮かべ、その顔は真っ赤。

(恥ずかしかったー)

 見られて嬉しがってちゃ問題だ。

「悪かったわね」これは率直な思いからだ。

(非道いです!)

 突然にすごく大きな声でロインになじられた。脳にガンと響く。あっけにとられるだけのわたし。

(『ふたばどーり・みさ』さんはわたしに悪いことをしようと思ってこういうことをさせたんですか! 宇宙人の身体に興味があるって言うから見せたのに!)

 凄い勢いで罪悪感がこみ上げてくる。

「ごめん、言い方を間違えた」ロインから目を逸らしそう言った。だけど次に言うことは顔を逸らして言ってはいけないだろう。わたしはロインの目を見た。とても見てはいられない気持ちだけど見た。

「見せてくれてありがとう」そのままの状態を維持したままわたしは言った。

(はい)、ロインはそう言った。脱いだのはわたしじゃないのにわたしの方が猛烈に恥ずかしくなってくる。わたしはもうヘンタイだ。

 ハッキリとしたことは美少女学園長がロインについて言ったことは間違ってたということ。わたし、ロインに都合の良いように一方的に動かされてるわけじゃない。そのことはわたしがやらせた今の行為でもう証明済みだ。

 しかしロインがもぞもぞと妙な感じで動いていた。なに? この動き?

(『ふたばどーり・みさ』さーん。なにか忘れていませんかー?)

 忘れてたっけ?

「なにを?」

(答えですよ。答え。宇宙人の身体の仕組みを見たかったんですよね? で、どうだったんです?)

 そういうことっ!?

「な……なんていうか一方向からしか見てないけど……」

 さすがに地べたに座らせた上で『足を開け』とかできないし。

(結論ですよ。結論!)

 ロインも興味には逆らえなくなっているみたい。


「——外観の形状は同じだった」

(宇宙人と同じなんですか!?)

「そう。宇宙人ってまったく無いのかと思ってたけど違ってた」

(それで『ふたばどーり・みさ』さんの見立ては?)

「『見立て』ってなに?」

(分析と考察ですよ。学究的な欲求で見たかったんですよね?)

 ロインのヤツ、なにげにわたしを崖の淵に追い込んでるな。だけどとんでもない要求を突き付け実際やらせてしまった身としてはなにかを言わなければ済まない立場だ。

「形状が同じということは……たぶん仕組みと使い方も同じだと思われる……」

 なに言ってんだーっわたしっ、と思う。

(なるほどー、でもぉ)、ともったいぶったようにここまでしか言わないロイン。

「でもお?」嫌な予感がする。

(わたしは見てません!)

「あっそ」、と言っておく。

(それだけですか? わたしがしたみたく『ふたばどーり・みさ』さんもその『白い下着』を足首の所まで下ろしてスカートをまくり上げてくださいよー)

「やだ」ひと言そう言って拒絶した。それやったら美少女学園長の言ったとおりわたしが従属者になる。ロインがわたしにいろいろな事をやらせた見返りにやってもらったことを相対化してどうするの?

(えー、そうなんですかー、残念だなー)、とロインが言う。

 チラと横目でロインの顔を見る。口にしたそのままの感情を持っているよう。

 自分だけ服を着たまま他人の生の下半身を晒させるとか、もの凄く卑怯で卑劣。意気地がどこにも無い。


「いっしょにお風呂に入る気、ある?」わたしは言った。

(『お風呂』ってなんです?)

 そこから説明させる気っ!?

 『お風呂』というのは『湯船』という容器を『四十度前後まで熱したお水』で満たし——から説明するはめになった。

「——つまり服を着て入るなんて事はしないわけ。そこ(お風呂)なら見えちゃうのは仕方ない」

(でも観察が目的なら『見えちゃう』じゃあ不十分じゃあ……)

「わたしに隠す気は無いからどうぞ十二分に堪能していって」

(堪能ですかーっ!)

 ことば使いを間違えたかもしれない。嫌な感じがする。

「でもロイン、そこ(お風呂)ではあなたも服を着てないことをお忘れなく」

(はぁい)と明るいお返事。

「あなたがわたしにさせようとすることはあなたにもしてもらうから!」わたしはロインの顔に迫りつつ言った。相変わらずの笑顔なロイン。

 だいたい宇宙人がお湯に入って大丈夫なの? ホントに入れなければこのお話しは終わりなのに。

「そんなことより奨学金を借りたからには結果こそが重要!」

(どうしたの? 急に改まって)

 わたしは強引に別の話しにしたのだ。

「勉強みっちり入れないとまた借金が積み上がるんだからねっ」

 お勉強をみっちり入れるべき、はそのまんまわたしのことだけど、わたしはわたしが造ってしまったこのおかしな空気を一刻も早く消し去りたい。

「こういうときわたしの星では、言うべき台詞というものがあるのっ」

(なにそれ?)


 わたしは深呼吸する。

「じゃ今から言うからね——」

 恥ずかしさを打ち消し相殺するにはなにか別の恥ずかしいことを言うしかない。

「俺たちの戦いはこれからだ!」

(は?)

「言いなさい同じこと。もう一度言ってあげるから声を出すの」

 わたしが戦う必要は実は無かったりするけど一応そう叫ぶのだ。渋々ロインは同意した。

「俺たちの戦いはこれからだ!」(俺たちの戦いはこれからだー)

 ロインとわたし声を合わせた。しかしロインはどこか棒読み。

「キチンと戦いなさい! わたし達とたいして歳も違わない学園長に上から目線でデカイ顔されて頭に来なかったの!? キッチリ見返すのっ!」

 わたしの脳内にあの取り澄ました顔と『であ〜る』という間延びした妙な語尾が再生された。どれだけ頭がいいのか知らないけど偉そうに『学園長』なんて名乗って。まあネコが好きそうだって分かってから後は印象は少しだけ変わっちゃったけど……

 だがロインは呆けた顔をした。ボケではない。ほうけている。

 今もなおほうけたまま。なんてお間抜けな顔してるの。いつまでその顔続けているの?


「……おかしなこと、言った?」

(歳……違わない……?……?)

 え?

「違わないでしょうが!」

(『ふたばどーり・みさ』さんの種族は何年くらい生きます? ひょっとして千年くらい生きられるとか……)

「生きるわけないでしょっ! 長くてその十分の一よっ!」だいたいそんなに生きていられたらバケモノじゃないっ!

(ひょっとして変身できるタイプの宇宙人……いや変態タイプと言うべきか……)

「ちょっとロインっ、なに人のことヘンタイにしてるのっ!?」

(『ふたばどーり・みさ』さんが不思議なことを言うからわたしの理解力が追い着かなくなっているんですよー)、ロインは言った。

 まったくそれはこっちが言いたいくらいで、わたしはロインになにをどう言ったらいいか思考を整理整頓する時間をいくばくか要した。


「わたし達は美少女よね?」

(え……凄い自信)

「よ・ね・?」

(はいっ)

 ロインはまだ分からないといった顔してる。

「つまりわたし達は十代の女の子でしょ?」

(違うけど)、とロイン。

 その意表を突く回答にわたしは揺さぶられた。頭が混乱し始めた。

「ロイン、ちょっと、訊きたいことがある。あなたいったい歳いくつ?」

(それ訊くかなー。留年してるんだよ。そこは推して知るべしじゃないかなぁ)

 わたしは無言でロインを見ている。

(に、睨まないで欲しいなぁ、『ふたばどーり・みさ』さんっ。そこは友だちには言いたくない答えなんだってことで)

「わたしは十七。あなたは? 友だちなら正直にね」

 ロインは明らかに渋る仕草をしている。しかし——

(二十)、と観念したように口にした。

 はたち? 『にじゅう』って二十よね?

 ロインまさかの二十代?

 あっ、でも。

 確かロインの星では一年はわたし達より三十日ばかり短いはず。

 ということは『三〇日(約一ヶ月)×二〇』で、ロインの歳から二十ヶ月分、即ち一年と八ヶ月分時間をマイナスすればいいはず。

 二十になったばかりだとしても、十八歳と四ヶ月。わたしより年上だ。だけど地球時間基準で十代なのは間違いない。

 でも——

(どうしました? 『ふたばどーり・みさ』さん)、とロインに顔をのぞき込まれていた。

「あ、いえ」と思わず言ってしまった。なんだか若すぎるような気がする。とは言え女優なら二十三くらいでも制服着て高校生の役で映画やテレビに出てたりするし、ロインもそういうタイプってことかも。

(さっきから歳の話しをしてるけど、もしかして……『ふたばどーり・みさ』さんはあの学園長の歳が十代だと思ってる?)

「もしかしなくてもそう見えるでしょっ!」

(六十過ぎてるけど)

「ろくじゅう?」

 思わず復唱してしまった。ロインは無言で肯く。

「ホントにホント?」

 ここまで来るといくら女優でも制服着て高校生の役で映画やテレビに出ることはできない……

(じゃあ『ふたばどーり・みさ』さんには駐機場に集まっていた人達はどう見えたの?)とロインに訊かれた。

 わたしはこのUFOが着陸したあの駐機場、その周りに集まっていた人達の顔・顔・顔を思い出す。

「生徒さんでしょ?」

(全員先生だから)

「は? あの顔で?」

 あの中に老けた顔の人なんていなかったと、そう記憶が残っている。

 ロインは喋り始めた。

(もしかして、宇宙人である『ふたばどーり・みさ』さんは歳とともに見た目が変化していくの?)

「もしかしなくてもそうよ!」


 あの美少女学園長が六十過ぎ、それでそういうのってロインも同じ……


 わたしは正直なところ『女性』よりも『少女』の方がいいって思ってる。ロインや美少女学園長は歳だけ重ねても見かけは少女のままなんだ……

 これが宇宙人……

 地球人の常識は宇宙人の非常識。宇宙人の非常識は地球人の常識——


 せっかく友だちになれたかもしれないのに……

 普通の日本人の友だちもできず外国人さえすっ飛ばして宇宙人と友だちになれたかもしれないのに……

 ロインが口にしたようにわたしは『歳とともに見た目が変化していく』んだ——

 少女のままのロインと、どんどん老けていくわたし。そのふたりが今この時みたくずっと並んでいられるの? 友だちという意識なんて持ち続けることができるんだろうか?


(『ふたばどーり・みさ』さん、なんで泣いてるんですか?)、ロインに訊かれて初めて頬をつたう二本、三本の流滴に気づく始末。

(そんなにあのネコたちが好きなんですね)

 なのにそう言われてしまう始末。


 ネコたちには悪いけど本当はそうじゃない。ネコのことすっかり忘れてた。

 だけどわたしは、「うん」と言っていた。

 建前として使ってしまった『置いてきたネコたち』には本当に悪いことをしてしまった。ようやく地球に帰れるというのになんなんだろうこの気持ちは——

 ロインとのお風呂の約束はとっとと片づけるに限るだろう。地球の人間の女の子の胸は時間とともに重力には逆らえなくなる。ある意味、わたしの戦いはこれからだ——







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