第21話【美少女、家に入れなくなってしまう】(俺たちの戦いはこれからだ! その三)
地球の人間の女の子の胸は時間とともに重力には逆らえなくなる————
ある意味、わたしの戦いはこれからだ——しかしロインは戦わなくてもいいのか……戦うのはわたしだけなのか。そんな客観的にはたぶん実につまらないことを考えていた。
(地球です)、唐突な感じでロインの声が耳に響いた。
もう?
反射的に窓に向かって小走りしてしまうわたし。
「真っ暗じゃないっ!」と口にしていた。宇宙が真っ暗なのは当たり前だけどもう窓の外は宇宙じゃなかった。あれだけあった星がどこにも見えなくなっていた。
ロインがこうあっさりと言ってのけた。
(真っ暗なのは当たり前です。夜ですから)、と。
きれいさっぱり忘れてた! 思わずスマホを取り出し時計を見てしまう。突発的に気づいたことがあったから。
気づいたこと。それはつまり、このUFO、相当な速度で動いてる。いいえ、動いていた。と、いうことは確か……『相対性理論』とかでは光の速さに近づくほど時間の流れ方が遅くなるんじゃあ……
つまりわたしはついさっきまで光の速さに近い速度(たぶん)で飛んでいたわけで、わたしは遅い時間の流れの中にいた。その間地球はより速い時間の流れに包まれていたはず……うろ覚えだけどそんなことになっていたはず……と、いうことは今ここに表示されている時間よりも地球時間、いえ、日本時間が進んでいるということに……
まさかわたし、『浦島太郎』になったりしてないよね……そんなことを思ってるうちに、
(降りたよー)、とロインに言われた。
「『降りた』って、もう地面?」
(そう)
UFOの床にはもう白い真円が浮かび上がっている。ごく、とつばを飲み込む。通学用のリュックを背負う。
「ロイン」
(なんです?)
「いっしょに来て」
(は?)
「いいから」
光の中をふたり地面へと降りていく。わたしの足が何時間かぶりに地球の地面についた。不思議で妙な感慨が涌いてくる。異星に飛び出したのにわたしは戻ってきた。ほどなくUFOから降り注いでいる光も消えた。
わたしの身体は闇に包まれてしまった。でも驚きはしない。もう夜になっていると、さっきから気づいていたから。周りを見回してみる。通学路なんだけどこんな夜の風景を見たのは初めてだ。どこの家も『遮光カーテン』なんだろうか、窓の明かりも数えるほど。だけどここで間違いない。ここはネコ達がたむろっていたあの空き地。わたしが誘拐された現場だ。問題は——
(どう? ここでいいよね?)、とロイン。
「それだけじゃダメでしょ」
(だめ?)
「いったい今はいつの何時なの?」
(通信機器を見てみればいいですよ)
「さっき見たからっ!」
ロインは要領をまるで得ていない様子。
「この時間はほんとうの時間か? って訊いてるのっ」
(ああ、そういうことですか。それなら今見てみて下さい。わたしが入れたツールが勝手に修正をかけますから)
なんか引っ掛かる言い方だけど言われるまま改めてスマホの電源を入れ見てみる。見た瞬間にデジタル数字がぐじゃぐじゃに崩れたような画面となり直後に再び像を結んだ。
十一時、十分前っ! さっき見た時間と違ってる! やっぱりUFOの中より地球の方が時間の進み方が速いんじゃないっ!
(別に年単位で時間がズレてはいないでしょ?)、事も無げにロインが言った。
「どっ、どうもこうもないっ!」
時に午後十時五十分。二十二時五十分。進学校の真面目な生徒(?)が外を歩いていい時間じゃない。年単位でわたしと地球の時間がズレてたら論外だけど、こんな遅い時間にまだ外にいるこの今のわたしも大概だ。
ど、ど、ど、ど、ど、どーしよーっ!
わたしはおそるおそる家に電話を掛けようとして……思いとどまった。
わたしには掛ける勇気はない。しかしこのまま手をこまねいていたらさらに時間が流れて益々深みにはまっていく。窮地という沼にわたし身体がさらにさらに引きずり込まれていく。
(じゃあ問題ないみたいだから行くね)
「えっ、ちょっと待ちなさいっ!! これが問題が無いように見えるのっ!」
ぎゅっっ! と身体を捻り始めたロインの腕を慌ててつかむ。
(『どうも無い』と言ったじゃないですかー。問題が無いって意味ですよね?)
「問題はあるの! 大いにあるのっ!」
(日付は変わってないでしょう?)
「日付が変わってなければいいってもんじゃないのっ!」
(なんだっけ、進路の相談でしたっけ? それには間に合ったんじゃない?)、とロインに言われた。確かに呼び出しを受けたあの忌まわしき進路指導〈欠席という選択肢がそもそも無い〉には間にあった。
わたしは暗闇の道に目を向ける。深夜の少し前の時間帯。今現在ふたつの問題がわたしの前にはある。
「ロイン、この暗闇を見なさいっ」
(ほんと、灯りくらいつけたらいいのに)
違うっ、そーじゃない!
「こんな中美少女が帰れると思ってるの!?」
(こんなに暗いんじゃ美少女かどうかなんて分からないんじゃあ)
「とにかくっ、女の子が外出していい時間じゃないっ」
(『ふたばどーり・みさ』さんはわたしに何をして欲しいんです?)
「最後の最後までわたしの身柄に責任持って!」
(責任持って地球の中の日本まで連れてきましたよ。ここは間違いなく元いた場所です)
「ちがうっ! わたしの家まで送ってっ」
(えっ、もうわたしを招待してくれるんですか!?)、となぜか弾んだような声が頭に響く。
そーゆー意味じゃないっ。けど言えないっ。
(そうですねー、じゃあっ宇宙船の中へお願いします)ロインが言った。
え? そこまで考えてなかった。
「いっしょに来てくれるんじゃないの?」
(だから乗り物で行った方が安全なんですよね? 歩くんですか?)
ロインはそう言いながら宙に浮いたままのUFOに手をかざす。下部から例の白い光りが伸びてくる。
またこれに乗るトコまで考えてなかった。しかしこんな暗い中ではとぼとぼ歩くより乗り物に乗った方が良いのは間違いない。だがしかし——
乗り物に乗る……それが『正しい選択である』と言えるためには、信頼できる人が動かす乗り物の場合の話しだ。信頼できる人の動かす乗り物なら乗るべきだけど、信頼できない人の動かす乗り物(例・ハ○エースとか)ならむろん乗るべきではなく、却って徒歩の方が安全だと断言できる。とか考えつつあると既にわたしの腕がロインに引っ張られていてわたしの身体はUFOの中へと吸い上げられている、もう最中。
わたしはいったいなにをしてるの? そう自問自答してしまう。しかしなにを今さら。もう遅い。既にわたしの身体は再びUFOの中にいる。まさかまたこれに乗ってしまうとは。ロインはさらにUFOの上部へとわたしを誘う。(このまま上に上がりますよ)と。そういえばわたし、下の部屋にしかいなかった。
「いいの?」
(構いませんよ。『ふたばどーり・みさ』さんですから)、とよく分からないことを言われる。わたし達を地球の地面から引き離した光りは消えることなく、わたし達の身体をさらにUFO上階へと吸い上げていく。
上階に着いた。見たところ下の階と同じようにしか見えない。ロインの私物なのか箱がいくつか無造作に並べられているだけ。
(こっちに来て)とロインはわたしの手を引っ張る。床に少し大きめの三角印が付けられた一点まで連れられてわたしはその三角の中に立たされた。
(じゃあ『ふたばどーり・みさ』さん、家の場所や家の外観をなるべく詳しく頭に思い浮かべて)、とロインからおかしな注文を受けた。わたしは言われた通り頭の中にわたしの家のことをあれこれ思い描く。
(着いた)、ロインが言った。
「えっ、もう?」
(こんな近距離じゃあっという間だよ)
「どうしてわたしの家の場所が解ったの!?」
(操縦は位置が解ってる人にやってもらうのが手っ取り早いから)
「まさかUFOの操縦をわたしにさせたの?」
(うん、そっ)
ロインめ、なにげにとんでもないことをやらかしてくれる。ハンドルも何もないので解らなかったけどたぶんここは操縦室なんだ。免許なんて持ってないのに動かしていいの? こういうのって。
でもほんとうにわたしの家? わたしがしくじってとんでもないところに着いてる可能性について考えてしまった。
「わたしの家のところまで降りてきてくれるよね?」とわたしは訊いた。
(いいんですかっ!?)、となぜか嬉しそうなロイン。
いや、招待しようなんて思ってない。ただ怖いだけ。母親が。確か今日はお父さんは出張で家にはお母さんだけのはず。いやだなぁ……
わたしとロインはUFOから地面へと降り立った。そこはまぎれもなく本当にわたしの家の玄関前だった。わたしには再び宇宙人に誘拐される可能性があった——しかしその宇宙人に送られて無事にここに戻ってきたんだ。しかし……せめてこれが午後八時十分前くらいだったら……
わたしはスマホの時計に目を落とす。もはや十一時五分前。警察に捜索願とか出されていても不思議はない。
「ロイン、わたしの親にあなたを紹介したいから着いてきて」
(ええっ!!)、と驚嘆の声を上げたかと思うとすぐさま(いいのっ!?)と続けて訊いてきた。その声は明らかに弾んでいる。なにかを勘違いしているのは間違いないがもはやいちいち突っ込まない。勘違いしてくれているのならこれ幸いだ。
わたしは恐る恐るインターフォンを押そうとして——押せない。
(ほい)、と言ってロインが後ろから手を伸ばしあっさりとインターフォンを押してしまった。ピン・ポン、ピン・ポンと暗闇の中二度響く音。
「ちょっと、勝手に押さないでよ」
(でもぐずぐずしてると時間がだけが過ぎちゃいますよ)
……事実その通りなのでなにも言い返せない。その時がちゃっと静かに鳴る接続音がして、『どちらさまでしょう?』とインターフォンの中からお母さんの声。声が心なしか震えているように感じた。たった今確かにわたしの耳がその声を聞いた。
「あの……お母さん、わたし……」
『いったい今何時だと思ってるのっっ!?』よそ行きの声が一瞬して豹変した。案の定の展開だ。
「じゃあロイン、わたしのお母さんが来るから」わたしは小声で傍らのロインに言った。
ドアが勢いよく開いた。ほぼ同時に「美砂っ!」という声。その声には怒気が含まれ間違っても涙声ではない。背後に家の中の光りを背負うお母さんの姿は逆光というやつで表情はうかがい知れないが、どういう感情状態かはたった今聞いたその声質でもう容易に判断できていた。
「十一時を過ぎたら警察に連絡しようと思ってたんですよっ!」
良かった。警察に通報される五分前だった。
ここでロインがすっとわたしよりも前に出た。それはわたしの家の玄関にまで入り込んでしまった、ということ。ちょっと、ちょっと、と慌ててわたしも後を追う。玄関の照明下でお母さんの表情を見た。
お母さんの顔からは『怒り』という感情が消えていた、明らかに困惑したような顔をしていた。表情が強ばっている。
午後十一時という時間、真っ黄色のゴスロリファッションという異様な出で立ちの人間が自宅の玄関の中に入り込めば当然そうした顔にもなる。
「あなた誰です?」当然すぎる疑問がお母さんの口から出た。
よもや『宇宙人です』なんてホントのこと言わないよね……不安が心の中をよぎる。
誰も何も言わない無音の時間が過ぎていく。お母さんの表情はなお強ばったまま。
しかし——
「友だちってなんです!? こんな時間まで外で遊ぶ友だちがいるわけないでしょぉっ!」と途端に大爆発。ふいに我を取り戻したかのようなお母さんの金切り声だった。
でもロインはなにも喋ってなかったような……そうか、喋れないのか。わたしはロインの横に出てロインの横顔を見た。音もなく口だけが動いていた。もしかしてこれって口パク? 喋ってるフリ? そんな芸当ができるならわたしの時にもやりなさいよ、と思った刹那——
「今すぐウチの娘の『友だち』はやめて頂きますからねっ!」お母さんの口からそうことばが放たれた。
「ちょっと待ってよ!」とわたしが喋りだしていた。自分のことだから『喋りだす』ってのもヘンだけど考えるより前に身体が反応してしまってた。
母親にじろりと睨まれた。もう午後十一時を回ってる。身がすくむ。わたしは弱い。ホンモノの不良だったらこんな時でも平然としてるんだろうなあ……わたしはやっぱり、不良じゃない。
ちょん、と肩に感じる小さな圧力。わたしは感じた肩の方へと視線を動かす。
視界に入るロインの不思議な表情。ほんの僅かだけ微笑んでいるような気がした。まぎれもなく美少女の癒やしの笑みなのになんだかとてつもなく嫌な予感がする。
ロインがお母さんの方を向く。
唐突にお母さんが素っ頓狂な声をあげた。
「『匿え』ってどういうことですか!?」
へ? かくまう? 匿う? いったい誰を?
ここはわたしの家でわたしはここの家の〈実の娘〉。実の娘をかくまうってのはおかしなことだ。つまり『ロインを匿え』と、ロイン本人が言ってる!
「ちょっと、美砂っ! このおかしな子は何を言ってるの!?」
確かにこの真っ黄色なゴスロリファッションという服装からしてどこから見ても『おかしなコ』だけど、それ本人を目の前にして言うかな。
わたしは再びロインの方を見る。
(『ふたばどーり・みさ』さん、わたし達、誘拐されたことにするね)
ロインの声が頭の中に響いてきた。何を言われたのかわたしの頭が解ってない。わたしが解る前にもう事態が次の状況へと転がっていた。
「あなたと美砂が宇宙人に誘拐されたですってぇ!?」またもお母さんが素っ頓狂な声をあげた。そんな声が出ても本当に無理もない。たぶんわたしが今声を出したら声が裏返っているだろう。なんでロインが誘拐の被害者になってるの!?
わたしはロインの腕を引っ張りこっちを向かせる。人の内心が読めるんだからわたしの今の心を読みなさい! わたしはそう念じた。
あなたが誘拐されたって、どーいうことっ!? わたしがそう思うのとほぼ同時にお母さんからわたしへと矢のようなおことばが。
「美砂、まさかあなたまで宇宙人に誘拐されたなんて言うつもりじゃないでしょうねえ」
ロインのやつどーいうつもりなの!! ロインから返事が戻ってきた。
(合わせてくださいよ〜)、と。
わたしは強く思う。合わせられるわけないだろっ!
「美砂、答えなさい!」とさらに怖いお言葉。
あなたのせいでお母さんに訊かれちゃってるじゃない! だいたいロインとお母さんがどんな話しをしてるのか全然解らない。合わせられるわけがないっ。ならわたしにも聞こえるようにしてっ!
(同時にふたりに聞こえるようにするとわたしが疲れちゃうんですよぉ。口まで動かしながらそれするなんて〜)、とロイン。
ふ・ざ・け・る・な・!
(解りました。やりますから)
その声が聞こえた直後ロインはお母さんの方を向いた。
(はい)とロインが答えた。その声は確かにわたしにも届いていた。
「あなたに訊いてません! 美砂に訊いているんですっ」お母さんががなり立てた。しかしそれももっともだ。
「はい。宇宙人に誘拐されちゃいました」わたしは言ってしまった。
しかしふざけているようで実はこれは真実だ。嘘は言ってない。しかし次の瞬間のことだ。これが『ことば足らずだったこと』だったなんて思いもしなかった。あのロインがやってくれた。
(命からがら逃げ出したんですよ)
はあっ!?
宇宙人に囚われた人間がどうやって逃げ出せるっていうのよ!? ご都合主義のハリウッド映画じゃないのよっ!
あっ、そうか。今さらながらに気がついた。だから『匿え』なんて言ってたんだ。今ごろ気づくなんて!
「美砂っ、あなたまで同じこと言ったりしないでしょうねっ!?」
ええっ、えーと、えーと、言えるわけない。
「命からがら逃げ出したの!」
ばかーっっ、なに言ってんの! わたしっ!
「宇宙人に囚われた人間がどうやって逃げ出せるっていうの!?」と金切り声。
さすがに母娘、考えることが同じだ。
「もういいから、あなたはお家に帰りなさい。ご両親が心配するでしょうから」お母さんがロインにそう言った。どうみても心底そのように思って言ってるようには見えないけど大人が喋る建前としては完璧だ。だけどロインがいなくなったらわたしどうなるの? ただでさえテストの不出来で学校から三者面談の呼び出しくらってるのに。
(いえ、わたし達を探すため宇宙人が外をうろついています。だから今帰りたくても帰れません)とのロインの声。
軽く脳震とうレベルだ。これじゃあキ○ガイそのものだ。
「なにバカなことを言ってるんです! 今何時だと思ってるの!? 警察呼びますよっ!」遂にお母さんがキレた。遂に『怒り』という感情が『気味が悪い』という感情を逆転してしまったのだ。だがこんなの(ロインのこと)がこんな時間(23時過ぎ)に玄関に居座り動こうとしなかったら誰でも同じ対応をすることだろう。
ちょい、とロインに肩近くを触られた。ロインの方を見るとなぜか片目をぱちりとウインク。宇宙人なのになんと地球人的なサイン。なにか考えがあるの? しかし——
嫌な予感を感じる前に既に事が始まっていた。
キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン・キーン、と甲高く耳障りな音が規則正しく聞こえている。
「なんなのっ!?」とお母さん。
(早く灯りを消してっ)とロインの声が飛ぶ。なぜだかその声につられるように電気を消してしまうお母さん。ぱち、と灯りが消える。だが玄関は真っ暗闇にはならない。ドアの上の採光窓から強烈な七色に変化する光りが差し込んでいたから。
「ひぃやあっっっ」とお母さんの口から間の抜けた悲鳴が出る。しかし誰でも悲鳴くらい出る。この状況を目の当たりにすれば。だけどわたしは玄関の戸を開けていた。
「美砂っ、やめなさい」後ろから声が飛んできた。
ヘリコプターが飛ぶよりも低い高度を七色の光りを発しつつUFOが姿を消したり出現したりを繰り返していた。眼前で展開される信じがたい絵。はははははっと思わず笑い出しそうになる。笑わないけど。それはいかにもUFOが飛んでいますといったテレビで見たとおりのままに飛んでいた。わたしがネコたちに餌をあげていた空き地の上に気づかれることなく忍び寄っていたという出現の仕方とはまるで真逆。
でもテレビのUFOはわざとらしくこんなうるさい音は出してない。こんないかにもわざとらしい音をたててるってことは——わたしは振り返ろうとしたが振り返るまでもなかった。ロインはわたしのすぐ隣にいた。
「これはあなたの仕業なの?」
(まったく別の宇宙人が攻めてきたって言ったら信じます?)
「そんなわけないでしょ!」わたしは言い切った。ロインの声は脳の中に直接届くせいかこのうるさい音も関係なしによく聴き取れる。
(バレたか)、と舌を出すロイン。これまたなんと地球的なサイン。さすが終わったテストの答案を改ざんするため職員室にネコたちを解き放とうとするだけのことはある。完璧に常識というものが無い。その耳障りな大音量のため深夜近くなっているにもかかわらずご近所のあちこちから悲鳴が上がっている。この騒ぎは急速に拡大しつつある。
「こんなにしちゃってこの後どうするつもり?」
(わたしなら大丈夫ですよ)、とロイン。
少しだけ間が空いた——、
(これで『ふたばどーり・みさ』さんは大丈夫なんですよね?)
ロインの顔が七色の光りで次々色を変えていく。
「それはまあ……大丈夫だと思う」
(なら良かったです)
さすがにみんなに『わたし宇宙人に誘拐されたんです』と吹聴したくないけど。対母親の方はこれで大丈夫だろう。言い訳としては充分すぎる。
(じゃ、これで責任を果たしたみたいですし、わたし帰りますね)
ふいにそう言われた。その時は突然来てしまった。遠くからサイレンが聞こえてきた。UFOが相手じゃあ警察を呼んでもしょうがないと思うけど誰かが通報したらしい。
「こんな騒ぎになっちゃってUFOに戻れるの?」
(灯りと音を消せばもうこの星の人には、たぶんだけど見つからないかな)
それは少しだけ地球人を小馬鹿にしたように聞こえなくもなかった。でもわたしはもっと別のことが気になって気になってしかたなかった。
「また来てくれるんだよね?」
(あのネコたちをここに戻さなきゃならないですし)
「そんなに先なの?」
(あっ、そうか。お風呂というのがありました。いっしょに入らないと)
「えっ、それはその……」
(その気になってくれたかどうか、ちょくちょく連絡入れますから)
そうだった。あの謎アプリはスマホにインストールされたままだ。ロインは七色に染まりながら微笑んでいた。とっても美しい美少女にしか見えなかった。
ロインが玄関先から走り出した。待って、を言う間もなく。
ロインはUFOとは逆方向、暗闇に向かって走り出していた。思わず後を追ってしまうわたし。
ちょうど真っ黄色のゴスロリスカートが闇に消えるところだった。わたしはその場に立ちつくす。
ほどなくUFOが耳障りな音を発しなくなりただ七色に明滅し続けるだけとなった。呆然とそのUFOを見上げ続けるわたし。
人をとっても憂鬱な気分にさせたり、今の——こんな気分にさせたり。いったいロインってなんなの?
逃がさない。逃がすわけにはいかない。
あの友だちをわたしから逃がせるわけがない。お母さんが不良だのなんだの言っても。たとえわたしがどんな顔、どんな姿になってしまっても。
少し重いな……
そう自覚してもこの感情はどうにもならない。
UFOの明滅が遂に消えた。近所の目撃者達からおおっ、とどよめきが上がる。もうどこにいるか目視では解らない。もう間もなく飛び去るかもう飛び去った後か。
必ず来なさいよ。わたしは闇夜を見上げながら心の中で思う。
後日のこと。
三者面談では親に散々絞られた。でも午後11時の帰宅についてはあの後お説教をくらうことはなかった。でもわたしがUFOに誘拐されたことについては黙っていることに。それはわたしとお母さんだけの秘密。
それで良かった。警察に相談されたりしたらあやうく『時の人』になるとこだった。わたしはそんなのになりたくない。
さらに後日のこと。
空き地のネコたちがすっかり消えた。あれだけいたネコたちの姿がどこにも見えなくなってしまった。その辺の事情はわたしは知っているから驚きもしないけど、事情を知らない人からすれば怪異として感じても不思議はない。
『猫はUFOに誘拐されてしまったのだ』という噂を一度だけ小耳に挟んだ。
噂と言えばやはりあの土地の所有者はネコの糞害に悩まされていたらしい。やっぱりわたしって少しヤバいことしていたんだね。もちろんネコたちがUFOに誘拐されたことは実はその通りだったりする。わたしはそのネコたちがロインの星、美少女学園長のお屋敷で飼われていることを知っている。だけどそんなこと誰にも言ってやる気が起きない——
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます