第19話【美少女、美少女宇宙人に誉められてしまい複雑になる】(俺たちの戦いはこれからだ! その一)
今わたしはUFOの中の人になっている。宇宙人にアブダクションされて一時はどうなるかと思ったけれど数時間ぶりに地球へ、日本へ帰ることができる。明日の学校の面談にもなんとか間に合うことだろう。ネコたちを犠牲にして。
犠牲…………
「ネコたちを宇宙のハテに置いてきたっていう罪悪感がハンパない……」そういうことばが思わず口をついて出てしまう。
(宇宙の果てって、まさかわたしの星のこと?)と突っかかってくるロイン。
「他にどこがあるのよ?」
(こっちから見たらそっちが果てなのっ!)
「そんなことどうでもいいから、ネコたちを犠牲にして『お金を取り戻した』ことをわたしに感謝しなさいっ!」
(取り戻してないっ、借りただけ)
「利子が0パーセントなんだから、儲けたようなもんでしょ」
(儲けてない! だって利子が無くても結局返さなきゃならないのよ!)
「借りた額と同じだけ返すのは人として当然だから。むしろそれだけで済むなんて特別扱いもいいところなんだから」
(『ふたばどーり・みさ』さん、まるで学園長みたい)
「腹が立ってるのよ、なんか少しだけ」
(ネコたちのことは悪かったからー)
正直になってしまおうかどうかためらう。
ロインが語尾をわざとらしく伸ばしたことがまず引っ掛かった。要は本当に悪がっているように聞こえなかった。わたしの高校生活は今失敗状態のまま進行中。有名校の生徒とは名ばかりの存在だ。どこか不機嫌で虫の居所がずっと悪いままなのだ。
一方ロインの世界では学校がひとつしか存在しておらず、しかも全員に学ぶ機会が与えられ保証されている。言わば誰にでも東大への入学が約束されているようなもの。もちろんロインもその身分だ。
(『ふたばどーり・みさ』さん、なにも言ってくれませんね)
「いや、なにかいろいろ思うところがあって……」わたしはお茶を濁す。わたしの今の境遇をありのままにぶちまけても却って自分がみじめになるだけだ。そんなわたしの内心などおかまいなしにロインがおかしな事を言う。
(わたしはさりげなく『優しいことば』を期待していたんです)、と。
なんであなたに優しくしなきゃいけないの?
「『優しい』ってどんな?」突き放すようなぶっきらぼうさでわたしは言った。
(わたしは『ロインかわいそうだね。でもわたしが一緒にいるから』って『ふたばどーり・みさ』さんに言って欲しかったのに)
なんだろうこの厚かましさとくすぐったさが同居したような感覚は。
人の内心が読めるなら今わたしが思った複雑な感情を理解して、わたしにこそ『優しいことば』を掛けなさいよ。現状、わたしに『優しいことば』は無しだ。
「わたしは馴れ合いはしないから」と思わず口が言っていた。
勉強に苦労させられている者どうしであることは間違いないんだけど、なにかこう距離感がある。同志にはなれないというか。
「それにネコたちもそうなんだけどさ——」
(だけどさ?)
「あなたは大学への入学が保証されてるんでしょ?」
(だいがく?)
「最高学府ってことよ。本当の意味での『最高』ね。そんなところへの進学が保証されているんだから勉強に身を入れるのが当たり前でしょっ! なのにお金の話しばかりしてさ」
(だって本当にお金がかかるんだもん)
「タダだったら先生のお給料誰が払うのよ?」
急にロインがぷいっとふくれた顔をした。なんかあからさまに態度が悪い。そう思った。ロインは口を開いた。
(あーあいーなあーうらやましいなーわたしも『ふたばどーり・みさ』さんの星に生まれたらなー。いくつもいくつも学校があって自分の能力に合うところにいける大甘の星に生まれてたらなー)
なに寝ぼけたこと言っているんだろう!?
「こっちじゃ誰しも能力を上げて少しでも上のランクの学校へ行こうって、みんな思ってる。つまり過酷な競争を強いられるの! そういうそっちこそ誰でも一流大学へ入れる大甘の星に住んでるくせに!」
(一流もなにも一つだけしかないから!)
「そこがいいのよ。同じ学校だから同じ仲間だなんてバカみたいな価値観が無いところが」
(そのせいで入ったら出られない監獄のようなところになってるのに!)
「監獄は言い過ぎでしょ。そんなわけない。大学って留年は四回まで、最大で八年までしか在籍できないはず」
(それは『ふたばどーり・みさ』さんの星のお話しでしょ? こっちじゃ遂に一生学校を卒業できなくて学生証を持ったままお葬式なんて人もぜんぜん珍しくないんだけど)
「がくせいしょうもったままおそうしき?」
(そうだよ。一生卒業できなくて限られた収入の中から毎年学費を支払わされた上時間を使わせられて悲惨な人生を送るハメになるんだよ。普通の人には棄てたくても棄てられないのが学生証)
「うそ。学生証って持ってるうちが花でしょ?」
(学生証は一年でも早く棄てたいよね、普通。早く棄てられる人ほどステータス)
「じゃあ学校卒業できる人ってどれくらいなの?」
(だいたい3割)
「3割って——全員入学だから……国民の中の3割ってこと?」
(その3割だって同じ格じゃないです。いつ卒業したかという卒業年次が問われます)
「どういうことなの?」
(二十代のうちに学校を卒業できたら本物のエリートになれます)
「その割合は?」
(1割を少し切るくらい)
確かにエリートの数というのはそういうものかもしれない——
「残りの2割と少しは何歳で卒業できるの?」
(1割強が三十代、残りが四十代とあと僅かばかりの五十代)
「そんな歳に卒業して意味があるの?」
(取り敢えず学費の支払いは無くなる。世間的に最低限エリートって思ってもらえる)
わたしとロインふたり見つめ合ったまま。
(ちなみにわたしの父も母も未だに卒業できてません。それとうち弟が二人いるし。みんなで学生やってるから生活が苦しいんだよね)
……ようやく事情が解りつつあり。この世界には『学生結婚』ということばに甘美な響きなどまるで無さそう。
高等教育までそれこそ超高等に受けさせられ、しかも修められないと一生卒業できないという人生、それも家族中となると……
確かに貧乏な家庭になる。
(しょせんお勉強ができる人にはできない人の気持ちなんて分からないんだね)、とロインが投げ棄てるように言った。
「人並みに—、、しかできないから」
『人並みに—』とまで言ってことばが一瞬途切れてしまった。『—しかできないから』となぜだか反射神経的反応をしてとりつくろってしまった。ヘンな繕い方だと思った。
『勉強ができない』と言うべきだったはずなのに『できる』なんて言ってしまって。
本当は人並みにできるかどうかも怪しいけど、わたしにもつまらないプライドはあるってことか——中学生時代に育まれた安いプライドが。
でも少なくとも、『一般的な高校の生徒並み』を人並みと定義するのなら、わたしも人並みだ!
心底自分を人並みだと信じ込んで言ったせいでロインに内心部分を突っ込まれるでもなく、それどころか益々恨めしそうな目で見つめられた。
(ホント、減らず口。ぜったい言い返してくる)
「ロインがなにかちょっと凄く腹が立つ言い方したからよ」
(『ふたばどーり・みさ』さんの詭弁論はきっとA評定ね)
「はっ?」
そうするつもりは無いのに自然と語尾が上がっていた。そのせいか次にロインの反応が戻ってくるまでほんの少し時間を要した。
(怖い)
端的にひと言ロインからそう言われた。
「なっ、なにが怖いのかな?」顔の筋肉がひくひくっとするのを感じている。それはわたしにとってはタブーだから。
(『ふたばどーり・みさ』さんのお顔です)
これでわたしけっこう根はけっこうトーフハート(豆腐の心臓)なの! そしてそれを言ったら最後、わたしに切られても仕方ないのっ! 解ってる!?
「——あのね、『あなたは詭弁の名人です』なんてね、それは『あなたは悪い人です』って面と向かって言ってる意味になるの。地球……というか日本では」
そんなこと言われて怖い顔になっても当たり前なんだから。
(『詭弁論』はれっきとしたお勉強でちゃんとした科目なんだよ!)、とロイン。
「うそ」
(嘘じゃない。誉めたのに)
わたしが、べんきょうができる——ですって?
(『ふたばどーり・みさ』さんは現にあの学園長に認められたじゃないっ!)
「認められてなんていないけど」
(でもこうして今あなたの星へと帰還の途中)
「これはネコのおかげでしょ?」
(でも本当のところは『野良』だったんじゃない?)
「それはそうだけどやっぱりネコの——」
(違うよ。学園長に訊かれて『こんな生き物は飼えません』ってわたしが言った時点で学園長は持ち主不詳であのネコたちを自分の所有物にできたんだよ。だけどそれをしなかった。今こうしているのは決してネコだけのおかげじゃない)
確かにあのネコたちは実際『野良ちゃん』で美少女学園長はわたしの飼いネコという建前で事を処理してしまった。真実はわたしの内心を読み取って知っているはずなのに——
「——いったいわたしのどこが良くて?」
(わたしは学園長じゃないけど——)、とロインは一旦断りを入れ、〝ほら、わたしがあの時『なんでもいいから反論して』って言ったよね?〟と続けた。
「うん」
(あれが『詭弁論』的になかなかの回答だったみたい)
「じゃあその『詭弁論』っての、どういうものかわたしに教えてくれない?」
(えーとね、そうだ。たぶん、裁判所は地球って星にもあるよね? 『詭弁論』は法廷における弁論から始まった学問なの)
「さいばんの話し?」
(そう。裁判って要するに勝ち負けでしょ? 裁判が盛んになると『どうすれば勝てるんだろう』と研究の対象になるのは当然の流れよね。誰しも勝ちたいだろうし)
うわっ、裁判が盛んなんだ……やなトコロだなー。
(そうすると『論理』だけじゃダメってとこまで行く)
「裁判が論理的じゃなかったらどうなるのよ!?」
(そういうワケでそこから『修辞学』が生まれた)
「なんなの? それ」
(人に感動を与えるように、最も有効に表現する方法を研究する学問のこと)
「……なによそれ、感動を計算するっての!?」
(そうよ)
「勝ち負けを決めるのに『感動』を使うなんて! そんなエモーショナルな理由で裁判の勝敗が決まるなんて」
(でも決まるよ)
「それじゃあっ、なにが真実か解らなくなっちゃう!」
(元々価値の相対性を説く学問だからねー)
「まさか人の感情をより動かせた方が真実になる、なんて言わないよね?」
(さすが『ふたばどーり・みさ』さんっ、その通り。だからおいそれと負けるわけにはいかないよね。『真実』が掛かっているんだから。勝てないまでもドローにしないと、ってこと)
「勝った方が真実になるからそうさせないためにドローにするってことよね?」
(そうですよ)
「ドローだったら何が真実か分からなくなるってことじゃない!」
(そう。それでいいの)
「そんなのカギ括弧入りの真実だ!」
(そう。わたしもそのつもりで言ってた。真実なんて相対性、それがわたし達の星の一般的価値観)
「アピールの上手いヤツが勝つなんて最低だ」
(そうならないために相手の言うことを相対化しドローにするの。でないと無事に生きていくのは厳しい。あらゆる言いがかりをドローにできる能力を得るために学んで闘えるように鍛えるのがわたし達のお勉強のキホン。『詭弁論』と『修辞学』を自在に使いこなせて初めて最低限の学問的素養があると認められるの。この基本的素養の上に専門的学問を個々人の適性に合わせて学ぶことになる)
「なんて最悪な星なの」
心底最悪な価値観が支配している星だと思った。他人がここまで敵になるなんて。これじゃあ試験問題が漏洩しないはずだ。他人が得を得るのをここまで憎むのなら。
だけどその最悪の星の価値観基準で誉められてしまうわたしって……
わたしはただ、ほら、言われたら言い返しちゃう、そういう性格なだけなのに。
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