第14話【美少女、X光年の彼方から赤点で呼び出される】(学園長との戦いをよそに主人公が赤点で呼び出しをくらい、)

 わたしは美少女学園長にこう言った。

「そろそろわたし達は地球へ帰らなければなりません。そこをどいてください」と。

 ロインのUFOの中にさえ乗り込めればこの問題は全て片づく。まあロイン自身の問題は片づかないだろうけどそこは自業自得ということで。


 しかし美少女学園長は微笑んだまま。どいてくれない。どこうという素振りが無い。なにかがおかしい?

 その時だ。唐突にスマホが鳴り出した。

 んもうっ!

 そうだった。このスマホは生きてるんだった。それはロインが『宇宙空間すっとばし通信ツール』なるなんだかよく解らないものをインストールしてくれたせい。こんなに取り込んでいるときに——取り敢えず画面で誰が掛けてきたか番号を確認してみる。

 誰これ? 電話番号なんていちいち記憶などしてない。

 ともかくも出てみる。

『双葉通さんですか? 私、美砂さんの担任の今木原といいますが——』

「はい?」と頭が混乱した。その声には確かに聞き覚えがあり、それはまぎれもなくわたしの担任だった。

『もしかして双葉通さん本人ですか?』担任が感づいたらしく訊いてきた。

「ええ、そうなんですが」

 マズイ、と思った。


 わたしが誘拐されて何時間くらい経ったろう? 丸一日なんてぜんぜん経ってない。せいぜい三時間……四時間くらいになってる? もう夜八時過ぎくらいになってるかも。

 急に現実へと引き戻されるこの感覚。このままずるずると時が経てばいよいよ警察に捜索願を出されかねない。

 今帰っても既にお小言は言われるだろうけど今がお小言で済むギリギリの時間帯。せいぜい限度をみてもあと一時間が限界だ。


『保護者の番号に転送されるようお願いしていたはずですが』と担任が言った。

 あっ、そっちの方の問題もあったっけ。

 学校にはわたしの家の電話番号が報せてある。学校がわたしの家に電話を掛け誰も出ない場合自動的に予め登録した端末へと転送してくれるんだった。『予め登録した端末』ってのがわたしのスマホになっていた。

「い、いろいろ問題があって」

『もう既に自覚はしていると思いますが、この間の定期テスト——』

 このことばで異星にいるわたし、極めてシビアな現実に引き戻される。

『——数学と英語が赤点ですよ』無造作に担任は言った。


 ぐにゃりと地面が波打ったように感じた。

 数学と英語ができない……

 それはたったの二科目なのに、このたったの二科目ができないだけで全ての勉強ができないことになってしまうという最強(最凶)の二科目。

 これまでどうにかこうにかギリギリで赤点回避していたけど……いつかはこんな日が来るんじゃないかと漠然と考えていたけど……

 よりにもよってこんな時に、わたしが宇宙人に誘拐されているこんな日にそうした凶事が起こるとは————


『担任としてはこの事を保護者の方にも知っておいてもらいたい』

「えーと、わたし、出席日数は足りてますよね?」

『なぜ突然に出席日数です?』

 と言われて説明に困る。このままここに何日も居続けるはめになったら出席日数までが足りなくなる。欠席が許容されるのは何日までか確認しておきたかったのだ。しかしまさか『いま宇宙に出ていて戻れるかどうか解らないんですよ〜』とか、言えない。

『足りている。が、出席日数は出席日数、赤点は赤点。それぞれ別でその両方ともが大事ですよ、双葉通さん』、と無慈悲な反応が担任から返ってきた。


 ただ厳しい現実が解った。どうやらわたしの通うこの高校は出席日数が足りているから多少の赤点は大目に見てくれるとか、そんなことはしてくれそうもない。


「それでわたしはどうすれば……?」

『今後のこともあるのでまずは明日放課後親御さんにご同席頂いて面談を——』

 明日!?

「急すぎます!」

『こちらはそうは考えません。追試をしてもまだ赤点ならいよいよ進級問題になります。そのことを事前に保護者の方にも知っておいて欲しかった』

「そんなぁ。追試より前に面談だなんて。面談、追試の後になりませんか?」

『なりません。普段からしっかりやっていればこうはなりません』

 うぐ、と詰まる。『自分なりに一生懸命やってます』と言おうとしてことばを飲み込んだ。そんなの言ってもなんの意味もないだろうと気がついたから。

「あの〜、明日行けないとどうなります?」

『当然やる気ナシと見なされて不利益を被ることになるでしょうね』


 ですよねえ……

 毎度のことだけど、ですます調の丁寧語で脅迫してくれる。この担任は。

 つまり、明日わたしが学校に行くにはこんな宇宙のどこかの星で立ち往生しているわけにはいかず今から地球に向けて引き返さないと!


『双葉通さん、分かりましたか?』

「はっ、ハイ。分かりました!」

『ではご両親の方へはあなたから伝えておいて下さい。信用してますからね。そこはお願いします』

「はい……」


 通話は——途切れた。

 わたしはすぐにでも帰らなければならない……


 わたしはロインを振り返る。目と目が合う。アイ・コンタクト。

 わたしはロインの悪巧みに協力した。やれることはやってあげた。失敗はしたけれど——でも失敗したってことは、それは、『やったから』ってこと。最初からなにもやらなければ失敗もない。それに失敗したのはロインの立てた計画が杜撰だからだし——

 要するにやって欲しいことは『わたしを助けなさい』ってこと。ロインにこの場を切り抜ける方策があるのかどうか。


(こうなったら、こうなったらー)

 ロインがしきりと『こうなったらー』を連呼している。

(こうなったらー)

 まだ言ってる。

 だけど——

(あとで覚えてろー!)と口走る声が聞こえたかと思うとロインは明後日の方向に向かって走り出していた。えっ!? ちょっと、なにターンダッシュしてんの?

 相変わらず足が異常に速くあっという間にわたしの視界から消えていった。

 逃げてるじゃないっ!!

 ロインはUFOの駐機場から姿を消した。完全に。


 置いてかれた——

 こほんっとわざとらしい、しかしどこかカワイイ咳の声。

 もちろんそこには微笑む美少女学園長。なんだか、とてもとてもマズいような状況の中にわたし、いるような……

「あはははははははっ」と意味もなく笑ってみる。

 美少女学園長も微笑んだ顔のまま。わたしの背中がぞくっとする。


「では失礼します」と言い回れ右、回って猛ダッシュ——。ほぼ同時に(待つのであるっ!)と鋭い声が後ろから飛んでくる。

 声だけじゃなかった。

 わたしの肩にがしっと圧が掛かっている。肩が掴まれていた。美少女学園長、腕力なんてまるで無さそうなのに身動きができなくなっているわたしがいる。そしてなんという反射神経。

 それは結局ここから逃げられなかったということ。そしてネコたちもここでは逃げ場所など無いことを悟っているのか拘束されてもいないのにわたしの傍から離れていない。動物の方が本能が研ぎ澄まされている。

 そして美少女学園長の釘を刺すようなひと言。

(『失礼する』などと言っても君はここから帰れるのかのぅ?)


 その通り。UFOの操縦者が遁走した。こんなものわたしが運転できるわけがない。もはやわたしは逃げられない。

 ——逃げる場所などない。

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