第13話【美少女、宇宙人だとバレてしまう】(ヒロインは見事な宇宙人っぷりを発揮し、学園長を追い詰めるが)

(キミは誰であ〜る?)

 わたしの脳の中に響くロインの声とは違う声。これは間違いなく目の前の美少女学園長の声。

 っていうか『あ〜る』ってなによ? 普通に喋りなさいよ——

(これが普通であ〜る。ワタシは学園長であ〜るからな。ワタシに先に名乗らせてキミはまだ名乗らぬか? やっぱり返事も満足にできぬか?)


 わたしはじっと美少女学園長に目を見られている。他人からしばしば〝怖い〟と言われてしまうこの目から決して目線を切らず、なお見続けている。『キミ』と呼ぶ対象は間違いなくこのわたしだ。

 ふいに不安が突風のようにわたしの中を駆け抜けた。

 いまわたしどんな顔してた? 慌ててたか焦っていたかが顔に出てた? わたしはわたしの顔を見ることはできないが美少女学園長の顔はわたしに完勝したかのような勝ち誇ったような顔をしていた。

 そうだ。わたし、ロインに向かって平気で日本語で話してた。まさかその声を拾われた? ここでは喋っちゃいけないってことが頭の中から消し飛んでいた……イレギュラーな事態が重なって我を失ってたんだ。

 黙り込むしかなかった。

 こんなに時間が経ってもまだ美少女学園長はわたしから視線を逸らしてくれない。いよいよこれはバレてる……? ドキドキが止まらなくなっている。

『『 誰か助けて!

(もう一度訊こう。キミは誰であ〜る?)、再び美少女学園長の声が脳の中に響いてきた。さらにダメを押すようにことばは続けられた。

(隠し事などできるとは考えない方が良い。嘘をつくのは無駄であ〜ると予め言っておく。なんなら試し、心の中で何か、思ってみればよい)


 そうだ。なにか思うだけでも致命的だったんだ!


(まさか宇宙人がこの学園に紛れ込んでおるとは、まるでSFであ〜るな)


 !! !! !! 引導は渡された!


 こんな宇宙のどこだか分からない星に連れてこられて、しかも宇宙人であることがバレちゃった! この後わたしどうなるっていうの——?

 SFって言いたいのはこっちなんだから!

 わたしはロインの方へちらと視線を送る。元はといえばこのコがネコたちとわたしをさらうからこういうことになってるんだから!

 なにせ『宇宙人が紛れ込んでいる』と言われてしまった。これ以上がないくらい事態はハッキリした。間違いなくわたしは正体を見破られ、それを前提にして話しかけられてる!


(どうしたのかの? 宇宙人は返事もできんのかの?)

 美少女学園長に射すくめられるわたし。

「『ふたばどおり・みさ』といいます……学園長先生——」そう言ってわたしはお辞儀をした。

(なかなか良い心がけであ〜るな。キミとワタシは対等ではない)、そう美少女学園長は微笑んで言い切った。

 思わずやってしまった……だから嫌なのよ。日本人が日本人の習慣で行動しちゃうとすぐ相手が増長するんだから。

 唐突にロインの叫ぶような声が脳に届いた。

(予め相手がどこの宇宙人か認識できていなければ会話なんて成立するはずがない。なんで分かったの!? 制服着てもらってたのに!)


(なぜ完璧に変装していたのに宇宙人だと分かってしまったか? 簡単なことであ〜る。その足下にいる気味の悪い宇宙生物の大群はなんであ〜るっ?)そう美少女学園長に指を指されていた。その指の先には————ネコたちがわたしの足下に集まっていた。

(それはキミの周りだけにいる。この星の人間なら間違いなく逃げ出している状況であ〜る)

 ネコたちのせいでバレちゃったんだ! でも、わたしを慕ってくれているこのネコたちを責められるわけがない。

 美少女学園長は口から訳の分からない音声を発した。ロインに何ごとか言っていることだけは分かる。美少女学園長はたすき掛けにしたポシェットから『板チョコ』のようなものを、まるでわたし達に見せつけるかのようにつまんで示していた。そう、色まで茶色だった。それを見せられたロインの表情が硬くなっていた。


「どういうことなの!?」、わたしはロインに状況の解説を要求する。ロインから返事が戻ってきた。

(——あれが目的の品物、試験の答案が入ってる収納箱)、と。

「あんな小さな中に?」

(外箱の大きさで収納量は決まらない。ネコを入れた箱を思い出して)

 念のためにさらにロインに確認する。

「あれが同じ形をした品物なだけっていう可能性は無いの?」

 ウフフフフフっと少女っぽい笑い声が聞こえた。美少女学園長だった。おかしな喋り方をしてるのに笑い声は本当に少女っぽい。

 ことばはまるで分からなくてもこういう喜怒哀楽の感情表現だけはすとんと腑に落ちる。もちろんその感情は『よい感情』のようには見えない。ただ『宇宙人』といっても案外近い種類なのかも。そう思った。

(ワタシの性格を一番知っているのはそこの生徒であ〜る。ワタシは冗談や嘘が大の嫌いで、なにしろ教育者であ〜るからして)

 初めてこの美少女学園長の内面を見たような気がした。美少女の見かけに騙されていまひとつ学園長であるような気がしてなかったけど、これは融通の利かない教育者タイプだ。何人かこんな先生知ってる。


(ああ、もうこれでお終いだぁ……)

 力のまるで感じられない声がわたしの脳の中に響く。本当に絶望してしまったような声。もちろん声の主はロイン。

 だから『止めといた方がいい』ってあれほど言ったのに! お終いになりそうになってんのわたしだってのに! 誰のせいでこうなってんのよ!

 ロインよ!——このロインってコはキホンわたしとネコたちの誘拐犯人——

 でも誘拐犯人なんだけど……

 わたしはわたしのカンに忠実になる。勉強はもはやダメでも『その人の本質』を見抜くカンだけは鋭いと、そういう自負がある。伊達に人間関係を片っ端から切ってはいない。

 誘拐犯人なんだけど……の『だけど』の部分、こういうカンを信じる。


「あのっ、お願いがあるんです」わたしは言った。

(宇宙人さんがこのワタシに願い、とな?)

「この後彼女はたぶん真面目になると思うから、どうか学校を辞めさせることだけはしないでくださいっ!」

(『たぶん』とか『思うから』とか、言うことがいろいろ面白いが、学校を辞めることにだけはならぬと、それは約束しよう)

「本当ですか!?」

(本当であ〜るとも)


 わたしはロインの方を振り返る。

「良かったじゃないっ。ロイン」

 ————しかし、ロインはとても微妙な顔をしていた。


「どうしたの?」わたしは訊く。

(それ、当たり前だから)

「え、当たり前って?」

(感謝することも、ありがたがることも無いってことだから)

 どういうことよ!? あり得ない展開でしょ。ロインは進級するために終わってしまったテストの、その解答用紙を改ざんしようとしていた。これでお咎めなしなら万々歳じゃないっ! それがありがたくないっての?

「説明しなさいっ!」わたしは叫んでいた。

(誰がであ〜る?)

 美少女学園長に『説明する義理なんて無い』って言われている。

「ロインっ」、わたしはその名前を呼ぶ。だが呆けているようで返事をしない。

 ダメだ。『学園長』という威光の前に完全に戦意喪失したか、作戦失敗で魂ここにあらずか……

 だけどわたしは人を見ている。その一挙手一投足を。

 この美少女学園長はさっきから偉そうに喋ってはいるけれど喋っているだけで一歩も動いてはいない。これはまぎれもない事実。仲間を呼ぶこともしない。これはなぜ?

 ネコたちのおかげに違いない。この星でネコたちは恐怖の宇宙生物だ。この美少女学園長にとっての計算外はネコたちがわたしを追いかけて着いてきたことだ。これでは仲間を呼ぼうにも呼んだ仲間が一目散に逃げ出すから呼ぶ意味がない。その逃げっぷりをわたしは既に目撃している。

 ロインのUFOの前で待ち伏せするところまではよかった。しかしいくら状況が悪いからといってこの美少女学園長の性格からして逃げたくても逃げられない。笑ってごまかすしかなくなってる。

 状況はこの美少女学園長が圧倒的に不利。ロインはいても何の働きもしなさそうだけど、わたしにはネコたちがついている。この状況、わたしは美少女学園長を追い詰めている。追い詰めているはずだ。

 よしっ、ここは強気だ。なんだかよく解らないけどロインも学校を退学にならずに済むらしい。ロインから感謝もされないし黙ったままだけどわたし的には間違いなくメデタシメデタシ。大団円はすぐそこだ。


「そろそろわたし達は地球へ帰らなければなりません。そこをどいてください」


 わたし達の『達』とはもちろんネコたちも入れてのこと。

 美少女学園長をわたし達の前からどかしてロインのUFOの中に乗り込む。そして飛び立つ! みんなで無事に地球に帰るんだ! 恐怖の宇宙生物ネコを使えば要求は通せるんだ!

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