第12話【美少女、突入作戦決行! 学園長のお顔に驚愕す】(学園長との決戦に挑む)
わたしはいまロインより前を歩いている。ロインの計画は行き当たりばったり杜撰である。
計画ではわたし達はこの後『職員室』でネコたちを一気に解き放ち職員室に大混乱状態を生むことになっていたはずだ。
だけど——職員室ってどこ?
空からここを見たとき敷地がかなり広大だと感じた。わたしが職員室に案内無しに辿り着けるとは到底思えない。
ロインが先頭に立って案内してくれないと困るじゃない!
わたしは振り返る。もちろんロインを先行させるため。初めて目で状況を確認し、あっ! と思った。
逃げ出したと思った学校の生徒たちはわたしとロインの間に入り込み、ロインを取り囲んでいた。わたしのすぐ後を着いてくるべきなのになにぐずぐずやってたの!
もしかして、まさか……
さっきの『黒白ぶちちゃん』の『なー』という啼き声でロインまでが逃げ出したんじゃあ……静寂の中のひと啼き。あの声がずいぶんと大きく感じたのはわたしだけじゃなかった。
今さらながらに思う。妙な仏心を出さずにあの時『チャトラちゃん』を捕まえさせるべきだった。ロインに一匹ネコを抱かせるべきだったのだ。
ロインのやつー!
わたしが口から音声を発すれば途端にわたしが宇宙人であることがバレる。あなただけが捕まってしまってこの後どうする気なのよ。
さすがにもう手の打ちようが——と思ったときロインの無計画行き当たりバッタリな行動をわたしは目の当たりにした。
ネコたちが一斉に地面の上を駆けだしていた。再度凄まじい悲鳴が当たりに鳴り響いているはずだが今度はその音はまったく耳に入ってこない。悪夢はまるでスローモーションのよう。ロインが真っ直ぐこちらに走ってくる。すぐ脇をすり抜けあっという間にわたしを追い抜いた。
ネコたちを入れていたあの箱の『分解スイッチ』をたった今押しちゃったんだ。
こんな広いところで!
ネコたちが散っちゃったらもう捕まえようがない。
ロインーっ!
『黒白ぶちちゃん』を抱きかかえながらロインを追いかける。しかしやけに足が速い。なにこれ、追いつけない! 『悪党は逃げ足が速い』を地でいっている。
その時だ。ネコたちの鳴き声が一斉にわたしの後ろから聞こえてきた。走りながらちらと一瞬だけ後ろに視線を送る。キセキが起きた、と思った。なぜかネコたちはわたし達の後に着いてきてくれている。
どういうことなの?
ネコ特有の野生のカン(?)でここは地球ではない、いてはいけない場所だ、と分かっている? わたしが『黒白ぶちちゃん』を抱いているから仲間のいるこっちの方を追いかければ安全だと思った?
必ずしも当初の予定通りじゃない。むしろ予定などあって無きが如し。だけどネコたちが慕ってくれている(?)おかげでここまでこの悪事はつつがなく進行してってる。ネコたちも職員室に着いてきてくれるなら結果オーライで現況計画通り。
でも目標まで少し距離がありすぎない? でも立ち止まるわけにはいかない。わたしは駆けて駆けて駆けまくっている。
無駄に足の速いロインを必死に追いかけ続けようやく校舎の中に突入できた。上空から見て呆れたその原色な外観とは打って変わって中はどこもかしこもパステルカラー。しかし観光してる余裕はない。すぐ続行でネコたちもわたしを追いかけてくる。ロインが廊下の角を曲がる。わたしも曲がる。ネコたちもつられるように曲がってくる。やけに広いその廊下は走るのに快適でさえあるけどわたしは長距離が苦手。
ネコ科のチーターはあんまり長い距離は走れないはずだけどこのネコたちはけっこうな距離を全速力で走り続けている。
いったい何分走ってるの? 大丈夫かな? それ以前にわたしがダイジョブじゃない——少しずつロインとの距離が離れていく、息がもう切れ切れ、全速力だけど全速力じゃない。だけどネコたちはわたしを追い抜かない。
いい加減にしろロイン!
とここでロインようやく減速、わたしを振り返り指で、つん、とある部屋を差す。示した通りロイン躊躇なく突入していく。もちろんわたしも続いて突入する。
そこは正しく職員室。無意味なほどに書類が積み上がった机がずらーっと並び続いている。なんて広さなの! まるで大講堂。何人先生が入れるか分からないほど。当然わたしが飛び込んだ瞬間から大声がわたし達に向かって飛んできた。たぶんそれは『走るな!』とかいう注意の類。だけどその空気が一変するのに数秒もかからなかった。ネコたちもわたしと一緒になって職員室に突入してたから。
悲鳴がそこかしこで交錯する。大きな職員室は瞬く間に大混乱のさなか。
何を言っているのかさっぱりことばが分からないこの星の人たちだけど阿鼻叫喚な叫びをあげていることだけは分かる。この状況だけは当初の目論み通り。
こんなに嫌われてネコがかわいそう。しかし感傷に更ける暇無くロインの声。
(あそこ)と、短く脳の中に響く。
職員室奥に連絡扉があって、あの向こうが学園長室。確かにそのようになっている。
ロインが学園長室への扉を開けた。ロインに続いてわたしも突入する。もう完全に共犯者だからもう関係ない。なんとネコたちまでがいっしょに学園長室へ突入してきた。着いてきてくれたんだ。
学園長室。拍子が抜けた。部屋には誰もいない。ここにいるはずの学園長の姿はどこにも見えない。
どこかに隠れた!? この星ではネコは恐怖の形態を持つ生物。鳴き声だって出していた。この星においてネコの鳴き声の威力は既に体感済みだ。
いないのならこれは千載一遇の好機のはず。答案を探すにはこの部屋の主がいない方が良いのは当たり前。防犯カメラが無いというロインのことばを信じれば目的は達することができるはず。ロインがさっそく家捜しを始め——なかった。呆然としていた。学園長室に置かれた重厚な机。その机の引き出しがひとつ開けっ放しになっていた。
「ちょっと! 計画はどうなってんのよ!?」、わたしはそう大声を出していた。
(逃げられた)ロインの声が脳に響く。
「逃げられた?」、バカみたくおうむ返ししていた。
普通、相手が逃げちゃったらこっちの勝ちだ。だけど——
「答案は?」わたしは聞いた。
(無いよ)
目的のモノを持ち出された上で逃げちゃった場合それは『本当に逃げられた』という。
それって完全な失敗じゃないの?
(追撃するから!)
「なにが追撃よっ!」
そう怒鳴ったのにはもちろん理由がある。僅かの間に局面が変わりつつある。というのもネコたちがわたし達を追って学園長室に突入してしまったために職員室にネコがいなくなり混乱が収まりつつあるのだ。隣の部屋の喧噪が明らかにトーンダウンしてきている。
ここに目的のモノが無い以上は長居は無用といった雰囲気。
——なんてことをわたしが考え入っている間にロインが職員室へと踵を返し学園長室から飛び出そうとしていた。
「こらっ、わたしを追いてくな!」そう言いながらわたしも追っていた。
みゃーっ、うみゃーっ、にゃーっ、とネコたちも声を上げながらわたし達の後を追ってくる。わたしの飼ってるネコじゃないのにさっきからずっとわたしの後。
まさかと思うけどネコたち、異星に置き去りにされかかっていることを本能的に分かっていて、それで必死に追いかけてきているのか。再び阿鼻叫喚の場と化す職員室。走って走って走りまくってネコたちの体力ももうとっくに限界を超えてるはず。だけどそれでも走り続けるネコたち。そしてわたし!
わたしはわたしのための言い訳を叫んでいた。少しだけ首を振りわたしは「みんな、遅れないでついてきて!」と小さく口にしていた。
職員室なんかにも長居は無用、無駄に大きく広い職員室を疾風の如く通り抜けようやく廊下に飛び出せていた。もちろんネコたちも。廊下にはいろんな人が出ているようだけど観察の暇など無し。みんなその場に立ちつくしてるだけ。なんの騒ぎかと様子を見ようとするヤジ馬たちがどの教室からも顔を出して様子を窺っているがその動きも固まったままで出てこようとも追ってもこようともしない。これははわたしといっしょに奔ってるネコたちのおかげに違いない。だからわたしとロインは誰にも邪魔されず廊下を駆け続けられている。
しかしいったい何処へ追撃するつもり?
「ちょっとっ、どこへ行くつもりなの!?」
(え、え、どこって?)、ロインの速度が僅かに落ちた。この機を逃さずとわたしはロインの腕を掴み止めた。
「学園長の居所に心当たりでもあるの?」
ロインは返事をしなかった。
「UFO、いえ宇宙船のところに戻って!」わたしは要求した。もはやどこへ向かって走っているか分からなかったから。
(なっ、なんで?)
「なんでもなにもないでしょ。作戦は既に失敗、だから作戦中止の判断をするのは当たり前じゃない!」
(うみゅ〜)
ある意味ネコっぽい変なうなり声を出すロイン。
(行くわよ。行けばいいんでしょっ!)、と半ばヤケ気味にことばを飛び散らかした。
だけどわたしにとってはそれは『結論』ではない。
「戻るのはそこまでじゃないからね。地球の、日本まで戻って!」
(もう協力してくれないんだ?)
「当たり前でしょ。キホン、悪事なんだから一度でも協力してもらえたことが奇跡だと思いなさい!」
わたしとネコたちとロインは方向を変え元いたUFOの駐機場のところへと向かってひたすら駆けている。
UFOの駐機場が見えてきた。この駐機場自体呆れるほどだだっ広いのでロインのUFOのところに辿り着くのがまたもう一苦労だ。と、いうかどれがロインのUFOなのか、わたしには分かっていない。だからロインの後をロインを信じてひたすら付いていくしかない。
あるところまで辿り着いてロインが訳の解らない大声を出す。
『なんて言ったのよ——』と、ここまで思ってなぜロインが大声を出したか、その理由が分かった。
ロインのUFOの前、一人の女の子が腕組みをして仁王立ちをしていた。その立ち位置はどう見ても『立ち塞がっている』というポジション。その迫力に気圧されたのかネコたちも立ち止まってしまっていた。
だれ? とわたしが口にするより前に、わけの解らないことばをロインが喋っていた。それを聞いたであろう女の子が肯いていた。
その直後、(がっ、学園長だから)というロインの声が脳に響いてきた。
これが、学園長?
改めてその姿を観察してみる。小柄だ。その上背からして女の子はわたし達より年下に見えた。観察部位は全体から顔へ。そこでぴたりと目が止まってしまう。
『美少女学園長』……そう思ってしまった。
端正な顔立ち、少し濃いめの眉。途中まではストレートなのに末端だけが不自然にくるくるっとロールしてる不思議な髪型。その髪型のせいでずいぶんとあくの強い美少女に見える。その上学園長属性。そういえば服もわたしも着ているこのまっ黄々のゴスロリ制服とは全く違う服だ。原色ファッションが溢れるこの世界の中でダークブラウンの妙なドレスを着ていて、その色からビジネススーツに見えなくもない。しかしながらそれでいて可愛らしい白のポシェットをたすき掛けにしていてそのセンスが読めない。
美少女学園長の口が動き、そこから発せられた音声がわたしの耳に届いた。
音を聞いてもやっぱりわけが分からない。それはロインの生の声を聞いたあの最初の時とまったく同じ。これもやっぱり紛う事なき宇宙人だ。
そして今ごろどうでもいいことを思い出した。学園長室の窓、どうなってたっけ?
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