第10話【美少女、土壇場で犯罪の実行に二の足を踏む】(主人公とヒロインはタッグを組む その六)

 そして——いよいよわたしはロインが通ってる『学園』へ!

 ロインのUFOの床には既に白く光りを放つ真円が現れている。ここに立てば下に降りていく、ってことよね。とは言えさっきからずーっと学園の駐機場(たぶん)にUFOは駐まったままですぐそこはもう地面だけど。

 いよいよわたしは宇宙の異星に一歩を踏み出すことになる。無意識に息を止めていた。あとから考えるなら実にあほっぽい行為だけど宇宙って宇宙服を着て行くところだと思ってるから。

(早く行ってよー)、との声と同時に背中を押され光りの真円の中へとたたらを踏まされる。「危ないじゃないっ!」と思わず声が出た。しかしもうわたしはロインに先んじて光りの柱の中を降っていく最中。すぐに『じゃっ』、と音が耳に入ってきた。

 早くも靴の裏が地面を摩擦していた。自然と目線は下に。わたしの履く黄色いローファーが異星を踏みしめていた。

 あれ? 色はグレー。なんかアスファルトっぽい。

 わたしはしゃがみ込んで改めて地面をしげしげと見つめる。そして触ってみた。あっ、触っちゃったけど大丈夫かな?


 辺りを見回せば似たようなUFOがたくさん。ここ、単に駐車場でしかない。


 立ち上がり「なんか、ちがうのよね」、とそう自然と声が出ていた。

(え、なにがです『ふたばどーり・みさ』さん)、いつの間にかロインが降りてきていてすぐ後ろに立っていた。もちろんネコたちの入れられたあの宇宙宅配便箱もそこにある。

「だってさ、まるで宇宙っぽくない」わたしは言った。

(宇宙ってなに?)

「え……? いやもっと科学っぽい風景?」

(全然よく分からないんだけど、ここじゃないとわたしの目的が達成できないんだけど)

「そーじゃなくて学園よ学園。普通遂に異星に来てしまったのならSF的未来都市になってるのが普通でしょ? そーなってないってどういうこと?」

(まさか『ふたばどーり・みさ』さん、怖じ気づいたんじゃないでしょうね?)

「なっ、なに言ってんのよ! 『ふたばどおりサンが来た』ってなればねー」

(なれば?)

「いや……なんでも……」

 『みんな寄りつかない』とか『避けていく』とかは言いたくない。

「とにかくその『学園長室』ってののところに行くからねっ」

(建物の構造上学園長室の前には職員室だから)

「解ってるわよ」

(職員室まで無事辿り着くかどうかが勝負の分かれ目)

 ぶじ・たどりつく? しょくいんしつまで?

 たった今あまりにも無造作に吐かれたそのことばに急に嫌な予感が波のように押し寄せてきた。もしかしてロインの計画にもっともっとダメ出しして徹底的にツッコミを入れる、その入れ方がかなり浅かったんじゃないか? そんな気が激しくしてきた。

「ひとついいかしら?」

(なんです? 『ふたばどーり・みさ』さん)

「この宅配便箱を隠して職員室まで持ち込む方法は無いのよね?」

(回りくどいよー)

「『回りくどい』ってね、これが早速不審物扱いされるなら職員室で解き放つ以前の問題になるから! たどり着く前に『これ何』って先生に尋問されたらどうするつもり?」

(解ってるよー。だから無事辿り着くかが問題だって言ってるのにー)

「その問題、どうやって解決するの?」

(笑ってなにげにごまかす)

 顔の筋肉が引きつったような気がした。

「……もし疑り深い先生になにか訊かれたら?」

 先生というのはたいていそんなもんだろう。

(立ち塞がられたら押し通るまで。でないと次のステージに進めないからっ)

「ばとる……?」

(そういうことになるかな)


 バトルしてクリアしたら次のステージって…………確認しておかなきゃ。

「押し通る方法は?」

(倒す)

「は?」

 教師と闘っちゃっていいわけ?

 そもそも当初の計画では、この星では宇宙生物であるネコたちを職員室内で解き放ち混乱状態を造り出しその間に目的を達成するだけの計画だったはず。

(どうかした?)

「まさかわたしに『倒すの手伝って』とか言うわけ?」

(言わないよー、やるのはわたしの仕事)

「いやっ、それはそうだけど、そうじゃないかもっ」

(なにを言ってるの? 『ふたばどーり・みさ』さん)

「『倒す』って、倒しちゃったらまずいでしょ? 暴力でしょそれ。でもって退学になったら『学園中退』で進級以前の問題になるんじゃないの?」

(たいがく? ちゅうたい? なんです、それ?)

「あなたなに言ってんの! 学校から『もう二度と来なくていい』って言われて放り出されるってことでしょ。そんなのも分からないのっ?」

(あー、出席停止になるかもってこと?)

「はぁ?」

 このコ甘すぎるんじゃないだろうか。世の中をナメてるっていうのか。

(『ふたばどーり・みさ』さん。宇宙って広くて、時に常識と非常識が入れ替わっていたりするんだよ)

 なんだろう、この微妙に頭に来る言い方。なんでわたしがお説教されているの? 宇宙ではあなたみたいなヒトが常識人でわたしが非常識人だっていうの?

 分からない全然っ分からない。意味がまったく分からない。

 こんな生き様が非常識な人とこんな訳の分からないやり取りをしていても仕方ない。やってしまった後で後悔なんてしたくない。

「どーでもいいからUFOの中に一旦戻って!」わたしは言った。

(えーなんで? これから決行ってときに)

「あなたの計画はずさん極まりなくて今からでも詳細な練り直しが必要でしょ!」

(えー)

「えー、じゃないっ!」

 わたしは強引にネコたちが詰め込まれた宇宙宅配便箱をUFOの真下へと押し戻す。

 わたしの協力が得られそうにないと悟ったロインも渋々UFOの中へと立ち戻ることに。

 出入り口の光りの柱がUFOの下から伸びてきた。


 ——そしてUFOの中にて。

「どうも自覚が希薄のようだけど、あなたは今からすごーく悪いことをしようとしている」

(そんな怖い顔しないでよー)

「人の顔『怖い』って言うな!」

(まあまあー、でも『悪いこと』なんて今さら言われてもー)

 今さらもなにもない。

「そしてその悪いことの片棒担ぎをわたしにまでやらせようとしている」わたしは言うべき事をいうのみ。

(やだなー。手伝って欲しいだけだよー。それも今さら言うかな〜)

「この際あなたの反論について突っ込むことはしないけど、こんな事件を起こしても利益は得られず不利益だけを被ることになる」

(『ふたばどーり・みさ』さんの身に降り掛かるかもしれない不利益についてはもう考察済みじゃない)

「わたしのことじゃない。わたしがこの場にいるのはただの偶然。わたしが言いたいのはあなたのこと!」

(わたし?)

「そう。この計画はこのままだと何一つ目的を達成することもなく『罪』だけを生むことになるのよ!」


 ロインは呆然とわたしの顔を見ている。

「誰の罪だと思ってる!? あなたの罪なのよ!」

 まだわたしを見つめている。

 まだ見つめている。

 ちょっと、いい加減にして。まだ見つめられているんだけど。


「なんなの?」

 ロインの頬を雫がすーっと流れ落ちていた。

 涙? 涙なの?

 ここそんな感動場面じゃないでしょ!

(そこまでわたしのこと……)

 え? え? え?

(心配してくれるなんて……)

「それはっその、『わたしに責任を押しつけたりしないでしょうね?』って心配してるだけで別にっその——」

(そこまで喋ってくれれば解ります)となぜか今度は微笑み顔。涙の跡も乾いていない笑顔。なんとも不思議な顔。しかしロインは——

(でもわたしはやめませんよ)そう言った。


「ちょっとロインっ!」

(なんですかー?)

「今の流れ、わたしの言うことに納得してもらって『やめよう』って言ってくれる雰囲気だったよね!?」

(そうかも)

 この宇宙人っ娘は〜っ!

「ちょっと訊くけどこの計画は宇宙生物(ネコたち)を職員室に解き放つことよね?」

(そう)

「でもその職員室に辿り着くために『押し通る』とあなたは言った」

(はぁい)

「『はぁい』じゃないっ! そうなったらもう『宇宙生物(ネコ)の研究』だとかが通じるレベルじゃない!」

(強行突破だからねー)

「そんなことしたら後になってすごく後悔することになるに決まってる」

(後悔というのはさっき言ってた出席停止のことですね)

「————ずいぶん優しい世界ね」

(どこがです? 少しでも早く出て行きたいのに出してくれない監獄のような存在が学校ですよ)

「とにかくあなたの犯罪計画を実行に移して、結果がどうなっても後悔しないってことでいいのよね?」

(それが覚悟ってことですから)

「しつこいようだけどいま言ったことに二言はないのね?」

(それは絶対ないです)

 何をしてもどうなってもいいと『真に覚悟している』というのなら、いかなる手段を使っても強引に宇宙生物(ネコたち)を職員室まで持ち込み解き放っても後悔は無いのだろう。

 やっぱりこれってテロだ。とわたしが考えたその時——わたしとロインの危機はとっくに始まっていた。わたし達は時間という財産を無駄遣いしていた。

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