第9話【美少女、宇宙人に化けさせられる】(主人公とヒロインはタッグを組む その五)

(どっちにする?)、とロインは二つのハンガーを両手ににこりとしている。

「選ぶも何もふたつとも同じだし、どういうこと?」わたしは訊いた。

(そんなの分かるでしょ?)

「分からない。解らないから」と二度念を押して言っていた。

(わたしの学校の制服だから。制服ってみんな同じでしょ?)

「わたしの出番、ネコが解き放たれた後じゃないの!?」思わずそう訊いてしまった。

(でも化けてもらわないと学校の中に紛れ込めないよね?)

 確かに言われてみればその通り。

(ネコたちの速やかな回収のためには予め現場にいてもらわないと)、ロインがにこにこ顔を少しも崩さずに言っていた。事が成就(答案の改ざん)した後、ネコたちの回収に出向くのだというそんなことをなんとなしに思っていた事は否定できない。甘かったと言うべきか。

 最初から参加するってことは、後始末というよりは最初からロインの悪事に荷担しているという意味になる。

 散々ロインに覚悟を求めたというのにひょっとして覚悟が足りなかったのは実はこのわたし……?

「この学校に潜入するために生徒に化ける必要があるのはだいたい理解できるけど……」とお茶を濁すような返事をする——

(着てくれてありがとう)、とすかさずロイン。

 それひと言も言ってないっ! 着てもいない、着るとも言ってない服を着たことにされていた。コレ、絶対人の話しなど聞かないタイプだ。

「けどそれ、わたしが着るのおかしくない?」

 その妙な服の、色についてのみはそう言わざるを得ない。色が明らかに〝変〟だったから。せめてもの抵抗だ。

 ロインが持ってきたその服は改めてよく見てみても『ゴスロリファッション』、正式には『ゴシックロリータ』、そんな風に言われる系統の服だ。そういう形状の服なのに色が真っ黄色だった。いえ、真っ黄色にしか見えなかった。

 わたしは装飾過多なその服のひらひらっとしたレース部分をつまんでいた。『ゴスロリファッション』ってのは普通黒白モノトーンでわたしの手にしているこのレース部分は普通白のはず。

 ところがこの部分も黄色。黄色の濃淡だけで服が構成されている。故にほぼほぼ真っ黄色にしか見えない。

 真っ黄色の服って存在する? 少なくともわたしは着ている人を見たことがない。できることなら着たくはない。

 わたしが今やらされそうになっているのはロインが持ってきたおかしな衣装へ着替えることだ。

 ロインがぽいとハンガーから手を放すとハンガーはどこにも掛けられていないにも関わらず宙に浮いたまま。トートバッグもまた同じく。

 そしてロインはためらいも無く真っ先に脱ぎ始めた。をいをいっ!

 自分だけじゃない。

(さあ脱いで脱いで)、と脱ぎながらわたしにも脱ぐよう急かした。

 ……わたしのキモチなんて聞く気が無い。

 しかも宇宙人的超技術力で煙にばふっと包まれて『もう着替え終わりっ』などとはいかず、地道に服を脱いで着替えるしかないのか。

 しかし……なぜ宇宙人に下着姿を見られなければならないの!?

 とは言ってもわたしは下着の上に見せスパッツ履いてるから少なくとも下の下着の方は見られないわけだけど……

 でもたった今この時わたしは目の前で宇宙人のコの下着姿を見てしまっているわけだけど……なんでその色『原色・真っ赤』なの?

 で、宇宙人でも胸と下半身——、股の部分は隠すんだね。

 その布の下はわたしの身体と同じになってるのかどうか気にはなるけれどまさか『見せて』などと言えるわけがない。

 ともかくロインは堂々と下着姿を披露している。同性(たぶん)とはいえなんて度胸なの。

 さてわたしはどうする? こうなってしまったら考えるだけ野暮。着替えるしかない!


 わたしは多少焦っていてばさっばさっと制服を脱ぎ捨て、おかしな衣装を身につけ始めようとする。もちろん脱いだ服を畳んでいる心の余裕はない。

(その下に履いてる黒いヤツ、それも着替えた方がいいよ)

 ロインに見せスパッツを見られていた。

「……」

(持ってないなら下着も貸すよ。完璧な変装でないと宇宙人だとバレるかもだし)


 ぱんつを脱がされてたまるか。


「大丈夫。そういうのならこの下に履いてるから」と言ってわたしはすぱっとスパッツを脱ぐ。

 大切なのは勢いとタイミングだ。脱ぐのをためらっていてはダメ。特にロインが着替え終わった後に脱ぎたくなどない。脱ぐならロインが下着姿の今この時脱ぐしかない。女の子は度胸だから!

 宇宙人の目の前で露わになるわたしの下着姿。

 下着の形状は宇宙人も地球人も同じでわたしの下着はもちろん『白』。スパッツについては言われてしまったけど幸いわたしの下着についてロインからあれこれ詮索や指摘をされてはいない。急ぐに限る!

 ロインの持ってきた衣装は普通にボタンでとめて着る服で、素材も特に不可思議ということもなく着た感触はまったく普通、地球の服そのものだった。

 わたし達は遂にふたりとも着替え終わった。


(けっこう着られるねー)、とロインが言った。

「幸い地球の服と大差ないし。色以外はね」と応じておく。

(そうじゃなくてサイズ。『ふたばどーり・みさ』さんは完璧にわたしの服、大丈夫だね)

 目の前の美少女宇宙人はわたしが美少女を認めるだけあって当然スタイルも良い。だいたい太った美少女なんて美少女として成り立たないし。その服がわたしにも大丈夫だった——

 良かった! 入らなかったらなんと言われていたことか!!

「身体に合わせてサイズが変わる服かと思った」

(そんな勝手に伸び縮みする服なんてあるわけないよー)

 いや宇宙人の服にそういうイメージあったけど。宇宙人の着ている服ってキホン密着系を思い浮かべるはずだし。

(ちょっとくるっと廻ってみて)

 なんでそんなことをと思ったが言われるまま廻ってみる。ボリュームのあるスカートがふわりと浮き上がる。色はともかく形は悪くないかも。

(さて、次はコレ)と言ってロインは宙に浮いたトートバッグからくつ下と靴をとりだしていた。それも変だった。

(変装はカンペキじゃないと)、とロインは付け加えるように言った。

 スパッツまで脱がされて今さらこれが身につけられないわけがない。

 それにしてもソックスまで黄色。ローファーまでが黄色って……



 かくしてわたしはカンペキにロインの星の学校生徒に変装した……らしい。


(これで『ふたばどーり・みさ』さんはどこから見てもわたしの学校の生徒さんです)

 ロインからのお墨付きを得た。

「こんなものを着せて『作戦を変更しました』とか言わないよね?」わたしは訊く。わたしを偽生徒に仕立てる意味について、『受け子』(振り込め詐欺の捨て駒要員)の如く使われ実行犯にされたりしないかどうか警戒感を持つしかない。

(わたしがネコを職員室に解き放ちます)ロインは宣言した。

「それはロインの行動でしょ! わたしは一緒に行ってなにをすればいいの?」

(解き放ったネコの回収です)

「それは解ってるけど、同じ服を着るっていう意味は『忍び込む』っていう意味よね?」

(うん)、とロインがうなづいた。

 ならどうしても訊くべき事があった。有り体に言って心配なのはわたしの身柄だ。わたしはなにかつまらない思い込みをしていて先進的な超技術を持つ宇宙人の星はダイバーシティ、即ち多様性な星だと思い込んでいた。つまり宇宙人が宇宙人として活動できるという……

 だが同じ服を着させられて見せスパッツまで脱がされて完璧に(?)化けさせられるとなると、実際の状況はそうではなさそうということ。そんな中に実は宇宙人が混ざっているのが露見してしまったら、その宇宙人さんの運命は?

「わたしが宇宙人の中に入っていて地球人だとバレないの?」

 ここのところは絶対訊くしかない。

(一切喋らなければ大丈夫です。ネコたちを回収すれば感謝されます)

「でも感謝されればなにか言わなければならないでしょ?」

(わたしが応対します)

 いまひとつ信じていいのかどうかだけど。

(事を成就した暁にはすぐわたしも捕獲に協力します)、ロインはわたしの心の動揺を見透かしたようにさらに念を押してきた。

 『チャトラちゃん』を捕まえたの結局わたしなんだけど。

 それより肝心の本務、答案の書き換え、いや正答がふたつあると言っていたから書き加えか、それってそんなに短時間で済むんだろうか?

(できるだけ短時間で済ませないと『ふたばどーり・みさ』さんのフォローができないです)

 今度はハッキリわたしの心を読んで返事をされた。

「解き放った本人が捕まえても感謝される?」

 つまり心配なのは犯人(ロイン)だけが別の場所に連行されてしまいわたしが宇宙人社会にぽつんと独り取り残されること。

(でも二人してネコたちを捕まえたという形にすれば『ふたばどーり・みさ』さんと同じ『捕まえた人』になれます。わたしが感謝されるってことは無いだろうけど後は臨機応変でわたしが応対します。『ふたばどーり・みさ』さんは無口で温和しいキャラということにして黙って微笑んでいてくれたら)

 温和しいかどうかは分からないけどわりと無口というのはそのまんまだね。攻撃されない限りわたしは温和しいから。

 そのままのわたしでいてってことか。

「確か『ネコを研究しようと思って』、と好奇心溢れる生徒を装うんだったよね? それでついドジ踏んで職員室でフタ開けちゃったということにするという」

(そうですけど)

「密猟者だと言われてお目玉を食らう可能性まで考えてる?」

(そこは前にも言った通り無主物です。地球と呼称される星とわたし達の星には条約がありませんから)

「なにげにとんでもないことを言うよね」とわたしは言った。

 ネコはネコでもイリオモテヤマネコやツシマヤマネコを捕っちゃったら罪になるんだけど。そんなの宇宙人はお構いなしということか。

(本当は条約を結ぶべきなんでしょうけど『ふたばどーり・みさ』さんの星は『政府』がいくつもあってどこと交渉すればいいか分からないんですよ)

 ロインの暮らす世界では既に『ワン・ワールド(世界政府)』が実現しているからなあ。でもこれが良いのか悪いのか。

「まあ少なくともこの箱の中のネコたちは普通のネコだからいいとして、わたしの身分詐称が着ている服だけでどこまでごまかせるの?」

(みぶん・さしょう?)

「そこにいるはずのない『見知らぬ顔の生徒』がいたら即座に『誰だ?』ってことになるんじゃないの? ってことよ」

(大丈夫です。わたしの行ってるキャンパスは生徒数十五万人ですから)

「じゅっ、十五万?」

(はぁい。生徒の顔なんて教師は全部覚えられません)


 宇宙とは——、いえ異星とはいろいろと非常識らしい——

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