第6話【美少女、異星の常識にくらくらする】(主人公とヒロインはタッグを組む その二)

「ロインって言ったわよね。ちょっと訊きたいことがあるんだけど」

 『とやら』もつけず宇宙人の名前を呼ぶなんて。こっちも名前を覚えられてしまったからこその行動なんだろう。もはや『悪いことをしようとしている人を止めよう』なんて殊勝な動機じゃなく、わたしの身を護るためだけに喋りだしている。

(なんでしょうか?)

「わたしがいつあなたに協力するって言ったのかしら?」

(言っていません……成り行きで協力してくれるかなぁって)

「なんでわたしが協力するのよっ!?」

(協力してくれないんですかっ?)

「しない」

(じゃ、ネコという生き物たちについては?)

「なんで唐突にネコたちについてなのよ!」


 ここでロインは黙り込んでしまった。


「ちょっと、なんとか言ったらどうなの!?」


(解き放ったあと回収できるかなぁって)

「まさかその計画、ネコたちを解き放った後そのままにしとくつもりだったの!?」

(そういう計画だった)

「『計画してない』っていうのそれ!」

(本来答案書き加えの計画だから)

 ネコたちがネコ質にされた。

 これはわたしのネコたちに対する愛を人質にとって犯罪に荷担させようとする悪い宇宙人の算段だ。そうはいくか。絶対に負けない!


「そーいうのを杜撰、行き当たりばったり、出たとこ勝負って言うのよ!」

 わたしは宇宙人に誘拐され既に宇宙空間の中の人になっているのに敢えて対決姿勢をとっていた。

 中学までのわたしならいざ知らず、今となっては人をバカにできないこのわたし。(いや、もちろんそんなことしたことないんだけど)しかし、『マウント』というのはとったと思い込む勝ちだ!

 だけどマウント関係なく率直にわたしは思ってしまった、これはバカすぎる、と。

 宇宙のどこか別の星まで地球の動物を連れて行って職員室に解き放ちあとは知らんぷりって——

 その時ロインの声が脳に響いてきた。

(だから今から計画に入れようと思って……だってまだ『やる前』だから、今から考えれば杜撰でも行き当たりばったりでも出たとこ勝負でもなくなるでしょ?)、と。

 今ごろになって考えているくせにこの減らず口。そっちがそのつもりならこっちも減らない口で対応してやる。

「『やる前』なんて言ってるけど、なにかあなたの計画には致命的欠陥があるような気がする」

(その通り。『気がする』だけ。気のせいだよー)

 いや、違う。必ずなにかしくじるパターンだ。

「たとえば——」と言いながら考える。「例えば、あなたが自分の星に帰った時は既にテストの採点は終わっていたとか」

(ああそれなら大丈夫だよー。進級考査は全星一斉実施だから、全星的に全ての試験日程が終わってから採点が始まるんだよ。わたしの住んでいるところは日付変更線のすぐ隣だからまだまだ時差的に余裕があるわけ)


 いまさりげなく不意を突かれよく解らないことを言われた。

「『ぜんせい』ってなに?」

 ロインは何を言われたのか解らないといった顔をした。

(全星は全星だよ。星全体。中央に情報を集めるってこと)と言った。


 それって『ワン・ワールド』? 『世界政府』ってこと? 世界政府が全ての人間の能力に関する情報を集めるですって!? なにそのディストピア感あふれる世界は。


(一星一政府はわりと普通じゃない?)とロインが訊いてきた。

「人の心読むなっ!」

(しょーがないです。読めちゃうんだから)

「だいたい、先に試験が終わった人から試験問題の情報漏洩とか起きないわけ?」

(漏洩を起こしても自分が損をして他人が得をするだけだから、そもそも起きる理由が無いのですよー)

 ん? と違和感を感じた。

「ちょっと待ちなさい! 試験を受ける人間はそうでしょうけど、試験に関係の無い人間が試験問題を外部に漏らすことならあるでしょっ? お金のために」

(ところが進級考査に関係の無い人がいないのです。全員関係者だから全員競争相手。目先の日銭のために不正をしてまで『他人が将来得続けるであろう長期的利益』に貢献する人なんていないよー)

 宇宙人のくせに『日銭』なんてことば使ってる。しかしどういうことか益々解らなくなってくる。

「全ての人間が進級試験の関係者とか意味解んない」

(解らなくてもわたし達の星では『それはそうなのだ』としか言いようがありません。他人はなるべくはい上がってこない方が良い。他人の躍進は自分の窮地。『ふたばどーり・みさ』さんは競争には勝ちたい、勝ち続けたいとは思いませんか? 要はそういうことです)

 『他人を得させることは自分の損』、これが試験問題が外部に流出しない理由だっての?

 宇宙人に挑戦状を突き付けられたと思った。美少女宇宙人は邪気無さそうに相変わらず微笑んでいる。

 だがわたしはロインの問いにまともに答えなかった。

「百歩譲ってほぼ全員が関係者だとして、なぜ一斉に採点を始めるわけ? 終わったところから順に採点始めるでしょ普通」

(星全体、全ての生徒の成績データを集積して解析してからあらゆる分野にバランス良く振り分けるってことだから。つまり一括処理の効率を重視しているのです。要はそれほどの膨大なデータ量を取り扱うというわけなのです)

 またよく解らないことを言われた。

「ふりわける? なにを?」

(職業)

「……」


(えーと、つまりー……、みんながみんな『なりたい自分』になっちゃったら社会のバランスが崩れるでしょ? 例えばだよ、みんながみんな学校の先生になりたいとか)


 えっ、なにこの展開?

 だいたい学校の先生ってそんなに人気職種だったろうか。ともかくロインに話しを続けさせておくしかない。

(全人口の半分が学校の先生とか、そんな社会あり得ると思う?)


 そういうのってわたし達が例えるとたいていの場合『みんながみんなラーメン屋さんを始めちゃったらどうなるか』というようなパターンになると思うのだけど——

 じゃなくてっ、

「なんで進級と就職が同時に進んでいくのよ!」

 ロインはぽかんとした顔をして、

(なんでって十五歳以上だからだよ。世の中ってそういうもんだから)、と言う。

 そういう世の中ってことは、それってつまり——

(ほぼ全員勤労学生っ!)

 ロインの方が先に的確な答えを出してみせた。ロインってそんなに殊勝な存在なの? みんながみんな働きながら勉強して——いや、勉強しながら働いて——

(あれぇ、まだ解りませんかぁ。どう説明したらいいかなぁ)、ロインは顎に人差し指を当て考える仕草。


 『まだ』にわたしはカチンときた。


「解ってるから」と言いつつ思考を整理しつつ「——つまり、全ての人間の進級考査の結果によってあなたはコレ、そっちのあなたはソレ、と職業が割りふられていく。それは全て人間にバランス良く役目を果たしてもらうため。だから全ての人間の試験結果が集まってからじゃないと採点は始まらない。そういう理解でいいわけよね?」と言った。

(うん。そうっ。それが全星同時採点する理由だよー。試験の結果が出るたびにけっこうな人が職場を変わるんだ。わたしはそもそも目の前の進級で精一杯。小さくギリギリの勝負をしてるんだよ)


 そのことばに頭がくらくらしてきた。これたぶんほとんどの仕事がマニュアル化されていて大部分の仕事はろくに専門性が問われないんだ。たぶんこれAI(人工知能)のせいだ。というのもロインはこのUFOを操縦する素振りも見せない。ずっと勝手に飛んでる。自動運転で。


「要はあなたの世界には『なりたい自分』になる自由は無い」わたしは断言した。こんなこと言う必要など無いはずなのに口が動いて喋りだしていた。

(『自由は無い』って言われるとキツいかなー。厳密には進級考査で良い成績を出せばある程度の範囲で自主選択の自由はあるよ)


 デキのいい人間にだけいくらかの自由があるかのような言い方。だけど——多分違う。デキのいい人間は『一般論としてのデキの良い仕事』以外の仕事を選ぶ自由は無い……ような気がする。

 たとえば——医師免許を持っていて医師じゃない仕事をする人がわたし達の世界にはいくばくかは存在する。あまり誉められないかもだけど、そういう人も社会は許容している。でもこの宇宙人な世界にはそんな人は存在しない——いいえ、存在できないんじゃないかと、そんな気がしている。


「思ったことを貫くことができないんじゃ自由があるとは言えない」とわたしはきれい事を言った。

(自由は貫けるには貫けるけど、勧められていない方へ進んでも給料は極端に低いから。たいていみんなそんな方向性は選ばないで勧められるままになるよ。良い給料の方向性だから。なんてったってお仕事は給料を稼ぐためにするものだからー)

 わたしの言うことなど美少女宇宙人にはなんらの効果も持っていないようだった。

 ヤケになってわたしは訊いた。

「良い給料の方向性って、どの方向でも上から勧められる方に行けば誰でも給料がいいとでも言うの!?」

(え? そうだよ。勧めておいて低いなんてあり得ないかなー。全国民総中流が目指す方向性だからねー)


 ……これ、なんとなくいいのかも……

 でもどこか嫌で、なにかこう否定したいような気もするけど……やっぱりむしろこっちの方がいいんじゃないか……って…………

 ってなんでわたし宇宙人とお給料の話ししてんのっ!


 しかしこの話し、聞いててなにかが引っ掛っているような……


 そう!

「ロインは十五歳越えてるよね?」

(なにを改まって)

「でもたった今『良い給料』のお話しをしていたでしょ?」

(もしかしてそんな給料をもらっているのに生活が苦しいなんてあり得ないって言おうとしてました?)

「ええ、そうだけどっ」

(でもその給料を学費に使い続けるのなら、家計は苦しいままの状態です。全収入に占める食費と教育費の割合が高いままってことは、その家はずっと貧乏なままってことなのです。生活に必要なちょっとだけ値の張る物を手に入れるには借金です。それが嫌なら物は諦めるか——)

 地球というか、日本では『エンゲル係数』の中に教育費は入っていないはずよね……

 そしてロインのその顔に『芝居』を感じとることはできなかった。それに……『そんなに苦しいなら学校なんてやめればいい』は人として絶対に言っちゃいけないような気がする——

 ハッ、とした。


 自由から給料へ——わたしは『自由』の話しをしていたはずなのにいつの間にか『お金』の話しへと引きずられている。結局お金の話しになってる!

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