第5話【美少女、ネコがために闘う】(主人公とヒロインはタッグを組む その一)
しかし美少女宇宙人はわたしの安っぽい感傷など簡単に打ち砕く。
(勉強したいっていうか、このままだと進級できそうもないので学費が余計にかかりそうなんです)
ヴェっ? なに言ってるのこの宇宙人。
「ちょっとあなた、いまわたし少し感動しちゃったところだったんだけど」
(感動してくれたままでも構いませんが)
「わたしが気にしてるのは『ネコをどう使うのか』よっ!」
(そうなのですかー?)
「っていうか話しがぜんぜん見えてこない。だいたいお金に困ってるからネコたちを誘拐するって、やっぱりネコで金儲けしようとしてるんでしょっ!?」
(話しは最後まで聞いてから意見を言って欲しいです)
「だったらもっと手っ取り早くかいつまんで言いなさい!」
(人の話しを聞き続けられる忍耐力があるって言ったのに……)
「分かった。分かりました。聞けばいいんでしょっ!」
わたしがそれを言うと美少女宇宙人はほんの少しだけ笑みを浮かべ、しかしすぐ顔は真顔になり、
(実はつい昨日、進級テストがありまして——)、と身の上話の続きを語り始めた。
「ふんふん」
(自己採点の結果3点足りないことが明らかになりました。進級するのに必要な点数が、ってことです)
え? 分からない分からない。
「それとネコたちと、どーつながっていくわけ?」
(さっきからわたし、やせ我慢してるんですけど、やっぱりここに集っているこの宇宙生物な生き物って、すごーく気持ち悪いわけですよ)
言ってやりたいことは思いっきりあるけど、これについてはこっちも我慢してやる。
「で?」
(それでですね。ここにいる生き物たちを密かに学校に持ち込んで職員室の中で一気に解き放つんです。きっと職員室は地獄絵図と化します)
よもやネコたちをそんな風に使うつもりとは。
「そんなことしてあなたは大丈夫なわけ?」
(大丈夫じゃありませんきっと)
「なら止めた方がいいんじゃない? こっちじゃネコは嫌われてはいないけど、わたし達の方でもそれやったら確実にもの凄く怒られるよ」
(でもやるしかないのです)
ここまで聞いていてもなお話しが全然見えてこない。ただ、その表情は相変わらず切実のように見えて、おふざけで言ってる様子がどこにも見えない。悪いことばで言うと吹っ切っちゃったテロリストの表情とでもいうのか……
「あの、少しは案じているから言ってんだけど……一応は」
少し嘘をついてしまったかもしれない……だから取り繕うようにことばを付け足した。
「——わたしも『点数』ってのに日々悩まされていて気持ちは分からなくもないよ。学校になにかしらの遺恨がありそうなのも解ったけど、とにかくネコテロなんて止めるべきで——」
(『テロ』ってなんです?)
「テロじゃない?」
(はい)
美少女宇宙人のその顔はひどくマヌケなように見えた。さっきの切実な表情はどこへ消えた? わたしの言ったこと、そこまで的外れ?
「目的は報復じゃないってこと?」
(わたしはそんな怖いこと考えません)
「どっちが怖いのよっ!」
まったく誘拐犯のぶんざいで。じゃあソレ考えちゃったわたしってなんなの? しかし報復が目的じゃないのならこのバカみたいな計画になんの意味があるっての?
「ロインさんとやら、報復が目的じゃないのならそれは覚悟が足りないってことだからやめておくべきね」
(嬉しいです)
「そう。解ってくれたのね。なら早くわたし達を——」
(——名前を覚えてくれて)
「……」
(覚悟が多少足りなくてもわたしがやったことが見つからなければ怒られません)
「……いや、ネコを職員室に解き放つなんてそういうのわりと簡単に見つかっちゃうんじゃ……」
(ネコを解き放つのは陽動です。そこは見つかっていいんです。先生方がネコに気を取られて阿鼻叫喚しているうちにわたしが真の目的を達成できる時間帯が造れるのです)
宇宙人が阿鼻叫喚なんて四文字熟語を使ってる……しかし極めて大真面目な顔で喋っている。本気でネコたちを学校の職員室へ解き放つつもりらしい。このエスカレーションはなに? ここはこのバカな計画を未遂で終わらせるのが人としての良心というもの。そしてネコのため。
「陽動ってね……ネコってあなたも自覚しているとおりあなた達から見て宇宙生物でしょ? そんな生き物を解き放つところを見られて先生たちに問い詰められたらどう答えるつもり?」
(『トチってやっちゃいました』って答えます)
なにかいろいろひっくり返すドジっ娘を演ずるつもりだろうか?
「解き放つ以前にそもそもネコなんて学校に持ち込んじゃダメでしょ!」
(そこは簡単です。『持ち込み許可を得るために職員室まで連れてきた』、と言うんです)
「そういうのって職員室なんかじゃなくて税関とかに申告するんじゃないの?」
(無主物なら持ち込みに問題ありません)
「それは民法的な問題で、宇宙生物を勝手に持ち込んで『検疫の方はどうなってるの?』って訊いてるのっ」
(生物格納用の特殊な箱の中に入れて、なにも警告音が鳴らなければそっちの方は問題無くパスですからー)
「都合良くそんな特殊な箱があるの? テキトーに言ってんでしょどうせ」
(ペット輸送専用の宅配便箱があるんですよー。それを使うってわけです)
宇宙人の世界にも宅配便ってあるんだ……
(このネコという宇宙生物がわたし達にとって危険な菌やウイルスを持っていたらこの計画は成り立たない。予めいろいろ下調べしてあるからこそのこの計画なんですよー)、美少女宇宙人は熱弁を奮う。
確かに『下調べ』はしていたようだ。このわたしがネコを餌づけしていたことを利用された節がある……
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど、そもそも『ネコ持ち込み許可』なんてものが降りる可能性があるの? 無いと思うんだけど」
小学校低学年の時、どうしてか『学校でネコを飼える』と思い込み、学校にネコを持ち込んでしまったあの記憶が蘇る。わたしはアレで思い知らされた。学校というところはネコを持ち込んじゃいけないトコなのだ。
(実は……半分くらいは通じる理屈ならあります)
「どんな?」
(宇宙生物の研究っ!)
『研究』って……まさか本当にキャトルミューティレーションするんじゃないでしょうね——
相手は宇宙人社会、『こんな理屈は通じない』と地球人的感覚での善悪は通じないのかもしれない。とは言えなんでもかんでも『宇宙人だから』で納得させられたくない。地球人が宇宙人的価値に振り回される一方であっていいはずがない。
わたしはどう答えたらよいか考える。そして思いついた。
「……つまりそれ、半分くらいは通じないと思ってるってことよね?」
(ハハッ、まあー)
よしっ、認めさせた! 間髪入れず「今ならまだ引き返せるから」と畳み掛ける。
(さっきの覚悟の話しですか? それならたった今覚悟の上です)
——ダメだこれ。なにを言っても通じないタイプだ。
「でもさ、」
(それにあなたにはわたしの身を案じる必要もないはずです)
「いやべつに案じてるわけじゃ——」
(いえ、その顔で分かります。おおっ。これは奇跡です。わたしとあなたは実は相性がいいのかも(はぁと))
わたしは誘拐犯の宇宙人と相性なんてよくなりたくないっ!
「じゃあ訊くけど職員室にネコの大群解き放つ意味が陽動って言ったよね?」
(はい)
「あなたのやろうとしている真の目的はいったいなに?」
そう、目の前の美少女宇宙人はこの根本疑問にまるで答えてない!
(もうとっくに察してる筈です。わたし、『進級のために3点足りない』って言いました)
「他人に『察してくれ』なんて甘すぎる。自分のやろうとしていることを他人に胸を張って言えないようなら、それは悪いことなんだからするのはやめるべきね」わたし、言ってやった。
正直勝ったと思った。これほど厳しい説教は無いと思った。
しかし——
(職員室の隣りに学園長室という部屋があります。ここが真のターゲット。ネコを解き放った混乱の最中学園長室に忍び込み、わたしの答案にひとつマークを書き加えるのです。欲しいのは部分点。あと3点分部分点さえあれば進級できるのです)
そこ語り始めるの!? ふつう言う?
けど胸を張って言われてしまった……
答案用紙の改ざん。それが目的。思いっきり口に出して喋った。信じられないこの宇宙人。しかもそんな犯罪行為を成就させるための『コマ』がネコたち——
——同情するどころかこれは真性の悪の告白だ。目的が『報復』の方がまだ共感できる……
「校長室なら防犯カメラくらいあるはずよ。下手なコトすれば録画されて動かぬ証拠にされるから」
ロインはあっけに取られたような顔をしていた。
(とっさにそういう発想が出てくるなんて凄いです、やるんなら徹底して完全犯罪ですねっ!)
「いやっそうじゃなく——」
(大丈夫です。学校内には監視カメラを設置できないという絶対建前のおかげで校長室や職員室にも監視カメラはありませんっ!)
「あり得ないでしょ。大事な物があるのに。わたし達の方じゃ学校でも付けるべきところにはカメラ付けてるよ」
(そうなのですね。でもそのカメラ、犯人を捕まえてくれますか?)
「え、そう言われちゃうとちょっと……」
(カメラは写すだけで犯人を捕まえてはくれないのです)
「だけど犯人を捕まえる材料はどうするの?」
(それは『犯人によって大事な物が必ず盗まれる』という前提で成り立っている理屈です)
「でも防犯カメラは抑止力にはなるはず」
(本気でやろうとしている人間には関係ないかな。誰だか判らないよう変装くらいするんじゃないのかなー)
コイツは——
「っっ! じゃあどうやって防いでいるというの!?」
(学園長室は変わっている。部屋に窓が無い)
「窓のない部屋?」
(それだけじゃない。この部屋から廊下に出ることはできない。出入り口が特殊な構造になっている)
「じゃあどうやって出たり入ったりするわけ?」
(職員室を経由するの)
「しょくいんしつ?」
(そう。まず職員室に入り、その職員室の一番奥に学園長室に通じる扉がある。そして職員室には常に多くの教職員が常駐している。職員室を突破して初めて学園長室の中に入れる)
いったいどう言えばコイツを止められる?
「あの、さ。夜間密かに侵入するって手はないの?」
わたしやネコたちを巻き込まず、〝悪事は一人でやってくれ〟、と願いつつ——
(窓ガラス割らないと入れないし)
「いや、ネコの大群を解き放つのもフツーに悪いことだし」
(でも夜の学校って怖いじゃないですか)
「…………いやいやいやいや! 違う違う!」
(なんですか? ヤブカラボーに)
「宇宙人的道徳ではそーゆうのやっていいわけ?」
もはやわたしには道徳攻撃しか手段が残されていなかったのだった。
(まさか宇宙人に道徳を説かれるとは思ってませんでした)
「『宇宙人』のくせに宇宙人って呼ぶなー!」
(こっちから見ればあなたは宇宙人ですから……あ、そうか。『異星人』って呼べば良かったんですね)
この宇宙人には『道徳攻撃』が通じないことが解った……
「あなたのやろうとしている行為の大儀ってなに?」敢えてこういう訊き方をする。『道徳』と『大儀』とは必ずしもイコールで結びつかないから。
美少女宇宙人はわたしの顔をじっと見る。
(『大儀』だなんて不思議なことを訊くんですね)
「ごまかさないで。すぐに答えられないってことは『大儀』なんてものは無いんでしょ?」
(もう既に言いました。お金の問題。わたしの家はお金に困ってます)
なんて表情なの。全然悪びれてない。お金に困ってるから悪いコトするって、あまりに普遍的な動機すぎる。
「いくらお金に困っていても不正行為をして進級することが許されるわけ無い」
とか表面上また道徳攻撃に戻ってしまいつつ、且つ『わたしも進級が怪しいような……』と思ってしまったことなんて口にできるわけがない。
とにかく大学はどこかに引っ掛かる。名前なんて度外視で。だけど卒業証書が手に入らなかったら? 進級できないと卒業証書が手に入らない。最終的にそれを手に入れられないと大学に合格しても大学は学生証を発給してくれない。大学生を名乗れない。
わたしだったら『不正してでも進級』、する? しない? ためらう自分に自己嫌悪。
目の前のこのコにはそのためらいが一切無い。
(汚い引っかけ問題を作る方が悪いです。まさか正解が二つある問題を出すなんて!)美少女宇宙人は憤りの感情を露わにした。
「それでひとつだけ書いたってこと?」
(そうです。ひとつだけです。正答が二つあるなんて。これ生徒を引っかけるために出された問題です。汚いです。早とちりしてひとつだけ回答書いて次の問題に行っちゃったんです。二つ目の回答があるって解っていたら解いてました。この問題に限ればやってれば解けたんです。本当に汚いです)
こっち(日本)では正答が二つもある問題は『出題ミス』だとして全員正解として取り扱われる。だから季節外れの時期に、『実はあなたは合格してました〜』なんてことが起こるのだけれど。
「でも不正は不正よね」
わたしは建前に殉じることにした。
(不正なのは解ってます。でもこれは『おカネ』の問題です。進級できない場合さらに『おカネ』がかかってしまうんです。学費の問題です。だからやらなきゃなんです。死活問題です。あと3点、たった3点で一年分の学費がかからずに済むんですよ!)
カネ、カネ言われると確かに弱い。お金に苦労させられる人は決して珍しくなくそれは宇宙でも同じだったということか。そしてネコたちは憐れ、犯罪の道具に……
(それにネコ使いの『ふたばどーり・みさ』さんという協力者を得ましたし……)
「えっ!? なんでわたしの名前を? 名前、教えてないよね!?」
(ええ。読みました。心を。でなければ『キャットフード』なんて宇宙生物の食料の名前をわたしが知ってるワケないじゃないですか)
言われて呆然とした。確かに言われてみればまったくその通りだった。
——わたしはいつの間にか宇宙人に名前を覚えられ、『ネコ使い』にされ、協力者にされてるっ! わたしまで犯罪の道具にされかかってる!
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