第3話【美少女、宇宙人と遭遇す】(実は宇宙人なヒロインと宇宙船の中で出会う その二)
ここはUFOの中。なのになぜかわたしの制服と同じ制服を着た女の子がいた。
「あなたも誘拐されたの?」わたしは尋ねた。
合理的に考えるなら宇宙人に誘拐された地球の少女がもう一人いようと、わたしの置かれた状況は好転などしない。ふたりの少女がいても宇宙人の前ではまったく無力だ。道連れになってくれる仲間をわたしが欲しがっただけだ。
だけど——
(誘拐とは人聞きが悪いなー)、とその美少女は答え——いや、言ってない! わたしと会話を成立させたはずなのに口が動いていなかった! この声、わたしの脳の中に直接響いている!
反射的に頭を両手で抱えていた。
まさか別の誰かが喋ってる? 無意識のうちに周囲を見廻していた。解らない。
わたしは目の前の美少女に、
「あなた今のヘンな声聞いた?」とそう訊いた。
しかし目の前のわたしと全く同じ制服を着た美少女はわたしの質問には答えず微笑んだまま。
まさかコイツ宇宙人……? ネコたちも依然固まったままだ。
自然わたしは後ずさりをしていた。
「人間に化けてるのねっ!?」そうわたしは詰問した。
(確かに服だけは化けてます)
またもわたしの脳の中に声が響いた。目の前になお微笑んだままの美少女。
まただ! このやり取り、これは確実に会話として成立している。わたし目の前の少女と会話してる。間違いない!
「やっぱりバケモノなのね……?」
(服だけって言ってるでしょ!)、と美少女風宇宙人が初めて『反駁』という反応をわたしに返してきた。
だけど言われるままには信じられない。確かに今は美少女のように見える。しかもわざわざ日本人のように見せかけて——けど、しょせん、ふんいきは、ふんいき——視界に入る現実は果たして真実か——
(あなたの緊張感を解こうと思ってわざわざこんな恰好で出てきたのになー)、美少女風宇宙人は袖口をつまんで半回転して見せた。
(どう? りらっくすできました?)
「なんでわたしがあなたを見てリラックスできるっていうの!?」
(これ少し自信あったのになー)、と美少女風宇宙人は片手でスカートの裾をちょいっとちょっとだけつまんだ。そのわざとらしい仕草を見ながら、
「わたしを騙すために真の姿を現さないつもりね、きっと」とわたしは言った。
(もー、しょうがないなあ)、美少女風宇宙人は今度は腰に手を当てた。
ごく、とつばを飲み込んでしまう。
(どうしようかなー)、またコイツの声が脳の中に響き続ける。わたしの内心が相手の中に透けて通ってたちどころに筒抜けに解られてしまうような、そんな奇妙な感覚に襲われている。
「まさか、殺すの?」わたしは言った。
(はい?)
「いま『どうしようかな』って言ったでしょ!? なにを企んでいるのっ!?」
だってネコたちやわたしを誘拐するようなヤツなのよ。見かけだけ『やさしそうな美少女』を装っても、そんなのなんの意味も無い。
(そんなことよりあなたが手にしてる生き物を下に置いてください)その美少女風宇宙人はまたしてもわたしの脳の中に直接声を届けていた。
なんていうか、こんな感じで話しかけられるの気持ち悪いし気分も悪い。
けどね、その姿で油断を誘おうとしても無駄だからね。いかにもな見かけの宇宙人なら怖くて手も足も出ないけど、あなたみたいな顔ならちっともなんともないんだから。地球人なんかに化けたのは失敗だったと思い知るがいいんだから。
わたしは『黒白ぶちちゃん』を下にそっと降ろし——相手は『降ろして』と言い、わたしはその言うがままになったという形だ。この時油断は確実に生まれる。——降ろすとほぼ同時に床を蹴って猛ダッシュを掛ける。
たっくる!
それをするつもりだったわたしの身体は、美少女風宇宙人の身体を簡単に突き抜けあやうく他のネコを踏みそうになった。
「実体が無いっ!」振り向きざまわたしは叫んでいた!
この宇宙人は実体が無いタイプの宇宙人なの!? わたしの突撃でいったん乱れた美少女の立ち姿はすぐ再び同じように空間に像を結び元の姿に戻っていた。
(いきなりそんな手で来るなんて野蛮ですねー、宇宙人は)、美少女風宇宙人の声が脳内に響く。
「宇宙人に野蛮なんて言われたくない!」
(こっちから見ればあなたが『宇宙人』です)、そう言い返されてしまった。
「そっちこそ実体が無いのが宇宙人である何よりの証拠! 概念だけが存在してるタイプの宇宙人ね!」
(実体くらいあるに決まってるでしょう。普通に立体映像だって思わないのですか?)、と美少女風宇宙人。
「なら卑怯者よ! 生身の身体をわたしの前にさらせーっ!」わたしはそう怒鳴りつけた。
(とてもいやらしいです。生身の身体をさらせ、だなんて)
人をなんだと思ってるわけ? 宇宙人のハダカなんて見たいわけないでしょうに。
「御託はいいから! あなたのしてることは誘拐だから!」
(まあ『誘拐』と言われると否定はできないですけど)
「その自覚があるならわたしとネコたちをただちに地球の中の日本という国に戻しなさーいっ!」
(でもわたしが用があるのはその生き物だけです。あなたには……特になにもないです。なんでこんなところにいるんでしたっけ?)
なんですってえー!
「帰すつもりは無いってえの?」
(帰しますよー)
「なら地球へ戻りなさい」
(用が済んだら)
「今すぐ帰して!」
(だめなのです)
「なんでよ?」
(生活が苦しくて燃料代がもったいないからです)
「……」
不覚。即座に言い返せなかった。
なぜにわたしは宇宙人に『生活が苦しい』なんて言われてる?
「本当に苦しかったらその燃料代だってもったいないはず!」遅ればせながらわたしは言った。
(もう来ちゃった後なので手遅れです)
「あなたを地球に招待してない!」
(今引き返したら全てが無駄になる。燃料代をかけてまではるばるここまで来た意味が無くなってしまう。それが『もったいない』という意味です)
「ふざけんなっ!」
(分かったです)
「どう分かったっての?」
(あなたと直接話します。不信感を持たれているようなので)
「当たり前でしょっ!」
(取り敢えずあなたの周りにいる生き物を追い散らしてください。そうしてどこでもいいから壁に寄りかかってください)
「なんでそんなことするのよっ!?」
(なぜって、実体で現れないと信用されなさそうだから)
さて、いいの? 言われるとおりにして。
相手は正体がよく分からない宇宙人。ソイツが『現れる』なんて言ってる。
ただ、これまでの言動からネコがすごく苦手みたい。苦手な割にこのネコたちに用があるみたいなのはナゾだけどネコを遠ざけてしまったらわたしは無防備。
だから返事はこうなった。
「嫌」、とひと言。
(いや?)
「そうよ」
(なんでですか?)
「なんであなたの言うとおりにしなきゃなの?」
(信用されようと思って実体を現そうとしてるのに信用できないってわけですか?)
「あなたのどこを信用すればいいわけ? キホン誘拐犯だし。その上ネコたちを追い散らせなんて言う人はどこも信用できなくて当然っ!」
ネコ好きに悪い人はいない——なんてのは根拠無き思い込みに過ぎないけど、でも確実に『ネコって気持ちわる〜い』とか言う人の方がキライだ。
——脳になにも響かなくなった。
どしたの? なにか企んでる?
(分かったです。その生き物をあなたの周りからなるべく遠ざけておいてください)
「言ってること同じじゃない?」
(『なるべく』って言ったのはせめてもの誠意です)
誠意ねぇ……
あれ? なんでこんな感じで喋ってるんだろう?
まさか、宇宙人のペースに乗せられてる? なに誘拐犯の宇宙人とお喋りしてんのよ、わたしっ。
ともかく宇宙人なんかよりネコたちの方が信頼できるのは当たり前。そのネコたちを追い散らすことなんてできるわけない。
わたしの方がネコたちが群れを作ってる一角から静かに離れる。『黒白ぶちちゃん』が着いてきてくれるかと思ったけど着いてこない。
ま、ネコだし。気まぐれだし。
「さあ、離れたからね」、わたしは言った。
正直生身の宇宙人となんて触れあいたくない。
でも隠れないで『出てくる』と言ってる。隠れるヤツはキホン卑怯。隠れないんだから隠れるヤツよりはいいはず——
ぱっ、と何の前触れもなく宇宙人が消えてしまった。いえ、立体の映像が消えてしまった。
そしてほとんど間を置かず再び視界の中にあの光の管が現れる。ネコたちやわたしを吸い上げたようなあの光が今また再び天井から伸びてきた。そしてその光の管の中をまた人が降りてきた。その着ている服もわたしの学校の制服だ。まるでさっきの繰り返し。
降りてきたのはさっきの立体映像と寸分の違いも無い美少女。現時点でコレも立体映像ではないとは言い切れない。
に、しても、なんで宇宙人のくせにまだ美少女姿なの? どーせ化けてるに決まってるのに。
というのもわたしはこんな話しを聞いたことがある。
昔々、白人の人がUFOに誘拐されたことがあったとか。その白人の人が言うにはUFOの中で宇宙人と遭遇した、と。で肝心なのはココから。その宇宙人の外観は白人そのもので着てる服だけ宇宙人だった。
誘拐した対象に警戒感を抱かせないために似た姿に化けて出てきたと、わたしは直感したものだった。
(初めまして、わたしの名はロインといいます)
目の前の、何から何まで丁度良い具合の美少女風宇宙人はそう名乗った。
「は……初めまして」
なぜだか美少女でわたしに微笑みかけるので返事がぎこちなくなってしまった。あれ、でもなにか引っ掛かる。なに? この違和感は……
すぐにその理由に思い至った。そうなのだ、相変わらずこの声はわたしの脳の中に直接響いている。目の前の美少女風宇宙人は、わたしという相手が目の前に立っているのに相変わらず一切口が動いていなかった。
——ならこれも立体映像に決まってる。
「ちょっと、なんでまだ直接心に話しかけてんのよっ!? すっごく嫌〜な感じがするっ」
(わたし、あなたのお国のことばを話せないものですから)
「これじゃあさっきと何も変わってない!」
(わたしのほっぺ、少しだけ引っ張ってみない?)、そう言って目の前の宇宙人は自分のほっぺたに右手人差し指を立てた。
意表を突かれた。
宇宙人を触るの? ヘンなものに直接触れて大丈夫? いえ違う。『触ってみない?』じゃなくて、『引っ張ってみない?』って言ってるのはなぜ?
そんなことを考えていたのに、でもわたしは既に手を伸ばしていた。
ぷにょっとした感触が指に伝わってきた。
それはまったく普通にぷにょっとしていて『ほっぺ』そのままだった。冷たいとかそういうのもなくて温かい。それを軽くつまんでみる。少しだけ引っ張る。
美少女風宇宙人は愛嬌のある顔になった。
(ふに〜)、と緊張感の無い声が脳の中に届く。
コレ立体映像じゃない!
しかしわたしはやっぱり無意識レベルで疑っていた。
ぽんっ。それは衝動的、反射的行動だった。手が勝手に動き出した。目の前の美少女風宇宙人、その頭の上に手を置いてみたら、なんと置けてしまった! 真実ホントに実体だ。
(それが宇宙人式の挨拶なのですかっ!?)間髪入れず美少女風宇宙人が気色ばんだ。いえ、もはや美少女風じゃなくて、認めたくないけど美少女宇宙人で確定と考えるしかない。
「別に挨拶じゃないけど」わたしはそうぶっきらぼうに答えた。
(頭の上に手を置くなんてこっちでは何が起こっても不思議ないんですよ!)
あれ、わたし誘拐されてるのになんで誘拐犯からお説教されているんだろう? なんか腹が立ってきた。
「要はなぜわたしがあなたの頭を触ったかよね?」わたしは言った。
(ロインです)
なっにが『ロイン』だか。この誘拐犯の宇宙人め。
「触れと言われたところを触っただけじゃ本当に実体があるかどうか解らないからよ」そう言い返してやった。
ロインと名乗る美少女宇宙人はぷくっとふくれっ面をした。
(引っ張らせてあげたのに——)
認めたくない。認めたくないけど怒っても表情がぜんぜん険しくない。わたしとはだんちの差。怒った表情でもこの顔……それは紛れもなく美少女だった。
そして今さらながらに自覚した。いつの間にかわたしと宇宙人はコミュニケーションを成立させていたことを。
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