第2話【美少女、ネコといっしょにキャトられる】(実は宇宙人なヒロインと宇宙船の中で出会う その一)

 『気配』という不確かな感覚以外は無かった。だけど身体中が嫌〜な『圧』を感じた。

 その直後、突如目の前にスポットライトのように強力な光の線が太くひとすじに、じわじわと伸びていくのを見た。光が『にゅー』と伸びるなんてあり得ないことだけどそのようにしか見えなかった。照射場所はあの空き地。今まさにネコたちがキャットフードを食しているその場所。まるでステージ上の演歌歌手を照らすように照射されるその薄気味悪いライト。


 しかしネコたちの行動は不自然すぎた。逃げない。

 おかしいっ。あんな光を浴びせれば普通びっくりしてみんな逃げていくはずのなのに。

 次の瞬間、わたしはわたしの目を疑った。あっ、ネコがっ! わたしのネコたちがっ! 逃げて! 早くっ!

 ネコたちが光の線の中、ネコたちが吸い上げられていく!


 ベクトルは上方向。ネコたちを追い越し先回りして視線がその上へ。信じられない。マンションの三階か四階くらいの高さにお盆のようなものが浮かんでいる。そう感じる。そのはずだ。空の色と同化し保護色のようになっている。けどそれは確かにそこにいる。もの凄い至近距離感。

 これってUFOっ!? これに気づいているのはわたしだけ? 誰かなんとかしてっ! だって現在進行形でネコたちが——


 キャトられてるってのに!


 ああっ! わたしの『ぶちちゃん』が!


 奇怪な現象を目の当たりにして身がすくんで動けなくなるというのは絶対真理じゃない。それは人による。わたしの身体がもはや勝手に動き出していた。頭でなにかを考えてない。

「返せーッ!」わたしの口が叫んでいた。身体が光に向かって突っ込んでいった。

 まぶしいっ! 目を開けてらんないっ。身体がなににも支えられていない感覚。海で足が底につかないっていうあの感覚。足の裏がわたしの体重を感じなくなっている。わたしの身体までがふわりと浮かび上がっていた。もうこの時わたしは短絡的なこの反射的行動を悔いていた。なぜって——


 わたしまでキャトられてるっ!

 くるりと廻ってわたしは真っ逆さま。スカートがぴろんとめくり上がり……いやめくり上がっていない。真っ逆さまな状態なのにスカートは膝の少し上のまま。アニメでよく目にする反重力スカート。見せスパッツすらも無事だ。わたしがひっくり返って吸い上げられていく。

 上下の感覚が無くなるという不思議なかんかく。UFO下部の白い真円がどんどん大きくなって迫ってくる。もう目の前すぐそこに。


 やだっ! あんなのに乗りたくないっ!


 そう思っても目に見えない力に支配されたわたしに既に自由は無い。もはや視界はただただ白いだけ、他になにも見えない。意識を失うかと思いきやぜんぜん気を失わない。ただ白い中に包まれているだけということがハッキリ理解できている。


 キャトられたなら気を失うはず——というのは先入観だけだったのか。今もわたしの意識は明瞭で自分に何が起こっているのか理解できている。



 そして遂に————わたしはUFOの中。立ちつくしていた。

 わたしは空に浮く謎の人工物の中に入ってしまった。たくさんのネコたちといっしょに。そうまだわたしは自覚できていた。

 ここはどういう光景? ここもまたただ白いだけだった。でも光のまぶしさはもう無い。真っ白いだけの丸いお部屋。

 かちかちかちかちかちかちかちかち。奥歯が鳴り始める。

 歯って本当に鳴るんだ。

 身体の方にもがちがちと震えが来るが声が出てこない。出せないって言った方が正確か。声って出せなくなることってあるんだ——いっそのこと気を失わせてくれた方が親切だったかもしれない——


 身体の震えも奥歯の鳴りもまだ止まらない。止めようがない。ともかく落ち着いて、落ち着いて、と自分に必死に言い聞かせる。

 まずは状況を把握すべき——とやるべきことをまず頭の中に思い描き、冷静ぶる。冷静ぶってみる。周囲の観察へと移る。

 とは言えここは観察するにはあまりに情報量が少なすぎる。どこから光を発しているのか解らない変な白いだけの丸い部屋。しゃがんでそっと床を手で撫でるとつるつるとした光沢の白床。壁も同じようなものに見えるけど等間隔で丸窓が並んでいるところだけが床とは違っていた。だけどこれが全て。

 すぐに立ち上がり改めて周りを見回す。

 やっぱりあまりにも物が無さ過ぎてこれ以上観察のしようがない。


 しかし未だ意識は普通に保たれたまま。ネコたちもしっかり動いて活動してる。そして時々鳴き声も。果たしてこの異様な状況に気づいているのかいないのか。今のところわたしの耳に聞こえてくる音はネコの鳴き声だけ。それしかない。

 UFOってのは乗り物で機械のはずなのにエンジン音的音がまったくしない。これ動いているんだろうか?


 あの窓の外はどうなっているんだろう? 湧いて当然の考えに任せるままわたしは丸窓のところまで一直線! 少し小走りに駆けた。

 すぐ窓のところに着いた。

 外を覗くように見る。

 丸窓の外には雲など見えずいつの間にか真っ暗に。

 そこにいくつも星のようなものが見えていた。あまりに見えている現実に現実感がなさ過ぎて『ようなもの』にしか見えなかった。なんか、できそこないの、ぷ、プラネタリウムっぽい。

 しかしわたしが今どう思おうとあっという間にお星様の世界にわたしはいるらしかった。景色はいつまで経っても変化が無いように見える。

 窓の外など眺めるのを止めわたしは壁に身体を預け、寄りかかる。この部屋の情報はだいたいインプットした。あとは考えて認識するの。今わたしが置かれたこの状況を!


 まさかわたし、宇宙空間に飛び出してる!?

 たいへん! これは誘拐だ! アブダクションだ‼ UFOにさらわれた!

 わたしはようやく心の中で…………こころ…………

 いや……。ヤダ……。


 いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。

ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。

 いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。

ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。

 いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。

ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。

 いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。

ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。

 いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。

ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。ヤダ。


 悲鳴があがらない。悲鳴もあげられない。悲鳴すらあげることができない。

 わたしは自問自答する。

 『助け』ってくるかな?

 誰が助けに来てくれるかな? 誰かが助けに来てくれるかな?


 タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。

誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。

 タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。

誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。

 タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。

誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。

 タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。

誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。

 タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。

誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。誰カ。

 来るわけなんかない! 誰もっ!

 わたし、もうダメかもしれない…………


 ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。

 ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。

 ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。

 ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。

 ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。ダメだ。もうダメ。


 だめだ…………


 『キャトルミューティレーション』。これが『キャトられる』の語源。ネコ(キャット)たちが誘拐されるからじゃない。誘拐されるのは主に牧場の牛さん。

 誘拐された牛さんたちの運命は、なんか宇宙人の特殊な技術で解剖されて不気味な遺体になっちゃうとかナントカ(たぶん)。


 僅か数十分後のわたしの運命がそうなってしまうかもしれない!

 わたしの寿命あと数十分。


 すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。

 すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。

 すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。

 すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。

 すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。すうじゅっぷん。

 わたしがこの世にいるのはあと数十分かもしれない……


 この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。

 この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。

 この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。

 この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。

 この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。この世。



 あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。

 あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。

 あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。

 あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。

 あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。あの世。


 あの世なんて行きたくないーっ!


 もうすぐ、もうすぐこんなことさえ考えることができなくなってしまう……

 もうすぐ…………


 ————わたしが誘拐されて殺されちゃったら誰が悲しんでくれるかなぁ……

 まず両親は悲しんでくれるだろう。悲しんでくれなかったらわたしが悲しい。

 学校の先生は? 友だち……友だち……ともだち……

 おでこに手の平を当てぎゅっと前髪をつかむ。

 存在しない者が悲しむはずがない……


 じゃっネコは?

 ネコが死んだらわたしが悲しいけど、わたしが死んでもネコは悲しくないだろうなあ……


 みゃー。


 これはたまたま? 偶然? わたしが贔屓にしている黒白ぶちネコがわたしの足下に来てわたしの足にその柔らかい身体をこすりつけている。

 手を伸ばす。

 キャッチ。

 『黒白ぶちちゃん』は嫌がって引っ掻くでもなく逃げるでもなくあっさりとわたしの手に収まってしまった。そしてわたしはそのネコを抱きかかえる。

「怖いの?」わたしはネコの瞳を見つめて訊く。

 ううん、怖いのはわたし。

 ああ……このコが来てくれるなんて。愛って通じるのかなぁ……


 そうだ。わたしは独りじゃない。ネコだ。ネコたちがいる。ネコたちの所に行こう。わたしは背中を気味の悪い壁に預けるのを止め『黒白ぶちちゃん』を抱きかかえながら猫の群れの真ん中へ行こうと動き出していた。わたしがネコの群れの真ん真ん中に入って行ってもネコたちは平常通り。これは普段からのキャットフード効果に違いない。


 その時だった。奇怪な音がこの真っ白の部屋の中に響いた。それは機械の音的な音ではなく生き物の中から発せられるような音。生物の声のように聞こえた。生物といってもネコの声であるはずのない音。

 その音はまるでわたしに喋り掛けているようにたった今この時も続いている。

 やめてっ! 気味が悪い!


 やがてその音も止まる。


 わたしはとても奇妙な体験を強いられた。音声が耳からは入ってこないような感覚。

 わたしの頭の中、わたしの脳に直接『日本語』が届いていた。

 わたしは恐怖しなかった。それよりはむしろ腹が立ってきた。それほどひどいことばがわたしの中に届いていた。

 それは——

 『あんな気持ち悪いものよく抱けるよねー』、だった。


 こうなると売り言葉に買い言葉。


「こんな可愛いコを『気持ち悪い』ってどういうことよ!?」声が出た。わたしは大声で叫びだしていた。


 わたしの『怒鳴り声』が効いたのか、脳にことばが届かなくなった。


 ことばが消えると同時に視界の中に光の管が現れ始める。ネコたちやわたしを吸い上げたようなあの光がこの白い部屋の天井からもにゅーっと伸びてくる。ただ呆然と見ている間にそれは床まで届いていた。いつの間にかネコたちも鳴くのを止めその方向に顔を向けたまま固まっていた。そしてその光の管の中からまず足のようなものが二本伸び始める。それは『人の形をしたもの』だと即座に直感が囁いた——

 途端にわたしの頭の中が『ザ・宇宙人』というイメージでいっぱいになる。本当に気持ち悪いものが現れてしまう!

 身長は小学校低学年くらいで頭が異様に大きく、肌はグレー。目はわたしよりもかなり大きく白目は無くぜーんぶ黒目。あんな目なら三白眼の方がマシっていう——



 あれ? 違ってるじゃない……?

 目の前、光の管の中を降りてきたのは、宇宙人ではなかった。姿を現しつつある存在は少女だった。

 『少女の姿をしたもの』の足が床につくとほぼ同時に天井からの光りも消えた。


 ちきゅうの……ひと? おなじがっこう? にほんじん?


 『同じ学校』だとわたしが思ったのも当然だ。そこにいたのはわたしの着ている制服と全く同じ制服を着た少女だったから。その上顔の色もわたしと同じで髪は黒髪、けっこう長い。普通に日本で生活できそう。奇妙なことにこんな怪しい空間にいながら動揺も感じさせず平然としていて邪気の無さそうな笑顔さえ浮かべている。


 このコ頭がおかしくなっちゃった? けどわたしはこんな時だってのにわたしの中の軽い嫉妬を自覚していた。


 もちろんわたしも美少女だっていう自覚があるけど、わたしが持っていない、持てない雰囲気を持っている美少女だった。

 わたしはいつの間にかその少女の目しか見ていなかったのだ。目、目、目っ。

 目の大きさが丁度良いのだ。細くもなくつり上がったような角度もなく、かといってだらしなく下がっているわけでもない。全てが丁度良くほど良い。絶妙のバランス。なんだかとても優しそうな、ふんいき——

 ってわたしなにを考えてるんだ! 思うことはそうじゃないっ。


「あなたも誘拐されたの?」わたしは尋ねた。

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