第3話 蝉

 ミーンミンミンミンミンミーン

 蝉の声がする。あの時と同じくらいの五月蝿さで蝉が鳴く。もしかしたらあの蝉はあの時にいた蝉かもしれないし、そうでは無いかもしれない。蝉は本当は1ヶ月くらい生きているという話もある。

 

 あの時も、蝉の声を聞きながらどうしたものかと悩んだ。驚きすぎて、一周まわって冷静になっていたのだろう。目の前には包丁を持った、血塗れの妻。私の腕は傷だらけで、手には充電器のコードが握られていた。

 10年前に結婚し、今まで寄り添った妻だ。目鼻はハッキリとし唇は薄く、眉は細く凛々しい、私好みの顔立ちだ。だが妻は少し重い性格であった、常に監視されているような雰囲気に嫌気が差して、離婚話をしたらこの有り様だ。これは正当防衛に入るのか、いや世間的には殺人犯にしか見えないだろう。昇進の話も進んでいる今、妻に人生を壊されることだけは勘弁願いたい。そんなことを考えていたら、かれこれ3日も経っていた。

 そうだ、埋めよう。臭いものには葢とはこのことだ。死んだ元妻は腐ってしまい、臭いが酷かった。昔は美しかったが、死ねば皆醜くなるものだ。

 家の裏にある、山へ行こう。あそこには誰も近寄らない古びた井戸がある。いわく付きの井戸であるらしい。最も、幽霊なんぞには出会ったことないが。

 夜更け、腐った妻を箱にしまい込んで山を登る。この歳になると重いものを持つのがしんどくてままならない、明日いや明後日明明後日に筋肉痛がきそうだ。

 井戸につく、箱を開ける。箱を開けた瞬間ねっとりとした空気と、妻から生まれる腐乱臭が身体に纏わりついた。気持ち悪いので早急に箱を井戸の上から落とし、土を被せた。見つからないように、臭いを消すように。

 妻の霊が出てきたら怖いだろう、きっと私を恨んでいるに違いない。だが何度も私はこの井戸に来ているが、霊なんぞに出会ったことがない。

 だから霊なんて存在しないのだ。全ては人の恐怖心が作り上げた物語に過ぎない。


 さて昔のことを思い出していたら、もう夜になっていた。そろそろこれも井戸に埋めてこなくてはならない。

 目の前で死んでいる、新しく迎えたはずの美しかった妻を埋めなければならない。この妻も目鼻立ちはハッキリとし唇は薄く、眉は細く凛々しい、私好みの顔立ちであった。はて、どこかで見たような顔ではあるが、思い出せないな。

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