第20話 細井聖人
「細井聖人です」
白いふかふかのソファの隣りに座る青年が、慣れない様子でひざまづき、私に名刺を差し出す。
「僕、こう見えて三十二なんです」
「えっ」
てっきり同い年位かと思っていた。ものすごく若く見える。肌の色つやはまだ十代のそれだった。いや、まるで少年のようでさえあった。
「よく子供っぽいって言われるんです」
細井さんは、そう言って自嘲気味に笑った。
細井さんがお酒を作ってくれる。その手つき、動作、全てが無駄なく流れるように動いていく。私が見とれていると、それに気づき、そんな私を見て微笑んだ。
改めて見る細井さんは、本当にお伽の国から抜け出て来た、全ての少女が一度は憧れた、輝くように美しい王子様のようだった。
「どうぞ」
「ありがとう」
私は、目の前に置かれたグラスを持って口をつけた。
「どうですか」
「おいしい」
「よかった」
心底嬉しそうな細井さんの表情がまたかわいらしく、私の中の女の部分が強烈に刺激される。こんな感覚は生まれて初めてだった。
細井さんが、ただ隣りに座っているだけで、なんだかドキドキした。緊張してうまくしゃべれない。私は黙ってうつむくしかなかった。
「僕といても退屈ですか」
細井さんが心配そうに私を見る。
「ううん」
私は必死で首を振った。ただ隣りに居てくれるだけでよかった。それ以上何もいらなかった。
近過ぎず、遠過ぎず、絶妙な距離に座る細井さんの語る言葉、何気ない動き、仕草、そこには繊細で細やかな気配りがあった。ただ若く見える純情な青年ではなかった。そこには年上の包容力と、頼もしさがあった。
「僕、自分から、積極的に話とかできないんです」
「そ、そんなこと・・」
「僕、田舎出身なんで」
ポッと頬を赤らめた。そんな純情さがまた私の胸を打った。
「私・・、風俗で働いてるんだ」
私の口から自然と漏れた。
「・・・」
「軽蔑した?」
「そんなことないです」
「ほんと?」
「すごい仕事だなって思います」
細井さんはその澄んだ目で誠実に私を見つめた。私はその誠実な瞳に見つめられ、私の中の何か全てが溶けていった。そして溶けたその全てを細井さんに預けたい衝動にかられた。
「あっ」
気づけば私は細井さんの胸の中で、やさしく抱しめられていた。
「あっ、ごめんなさい。私・・」
私は慌てて、細井さんの胸から離れた。
「いいんです。僕で良ければ」
「私・・、何してるんだろう」
本当に恥ずかしかった。
「僕でよければ、あなたの全てを受け止めてあげたい」
細井さんはとても暖かい眼差しで、やさしく私を見つめた。
「・・・」
もう私の頭の中は、完全に沸騰し、とろっとろに溶け始めていた。もうどうにでもして欲しかった。無茶苦茶に、どうとでも、なんとでもして欲しかった。
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