第83話

 7月7日(水)。


 図書館で、友里が名無しと打ち合わせをしていたその日に、警察庁でも打ち合わせが行われていた。


 難しい顔をした老齢の警察官が、上里町のショッピングモールの地図を睨む。


 そして、口を開いた。


「十字会どもの手は借りん。我々警察が上里町の一部区画を解放する。」


おおおおおおおおおお!!!!


 一斉に拳を振り上げ、咆哮を上げる男たち。

 男たちの胸には、金色の桜のエンブレムが輝いている。みな、警察の特殊部隊だ。


あやつら十字会は周囲の影響を考えん!流れ弾で一体何人の死者が出た!一体何軒の家が壊された!一体どれだけの交通機関に影響を及ぼした!そして、我々がどれだけやつらの尻拭いをさせられた!」


 拳を握りしめ、老齢の警察官が叫ぶ。特殊部隊は奥歯を噛み締めた。


 十字会……吸血鬼討伐委員会と警察庁との確執はかなり深い。銃刀法があるにも関わらず、警察よりも威力も精度も凶悪な武器を用い吸血鬼を討伐し、脚光を浴びている。


 裏方の仕事は、それこそ銃弾の弾拾いから建物破壊の現状調査まで、全て警察の仕事だ。


 拳銃も許可がなければ発砲出来ないため、民衆につけられたあだ名は『銃持ち無能』。


 それでも警察は守り続けていた。平和を、平穏を。


 ただ、もう、限界だった。


 そんなとき、吸血鬼の情報を得た。

 警察は、無能ではない。無力ではない。


 それを証明するため、日本の平和を守るため、武器を手に取った。プラスチックシールドを装備した。


 決行日は、7月10日。


 全ては、そこで始まる。


 ◇◆◇


 同日、書類仕事を終えた阿笠は、コンディション調整のため、本部のトレーニングルームへと向かっていた。


_______上里町の公民館を解放するため、余計なことは考えていられない。


 阿笠はそう考えつつ、トレーニングルームの扉に手をかけ……


「っ!?」


 その人を見た阿笠は、トレーニングルームの扉を全力で閉じた。


 心臓がばくばくと脈打ち、呼吸が乱れる。顔が熱くなる。


「そうか。ここ、日本だった……。」


 阿笠はぼそりと呟き、必死に平静を装い、もう一度トレーニングルームの扉を開ける。


 先にトレーニングルームにいたその人は、ひどく不機嫌そうに、阿笠に声をかける。


「なによ。」

「……別に、何でもない。」

「だったら、すごい勢いで扉を閉めないでくれない?ビックリするでしょうが。」


 もっともな言葉に、阿笠は軽く頭を下げる。


「悪かった、牧森。」

「……そう。もう気にしないわ。」


 その人、牧森は、素直に謝る阿笠に拍子抜けしたように、ダンベルを持ち直す。


 阿笠も目を反らし、壁に立て掛けてあった模擬刀を手に取る。


 そして、心の中で叫ぶ。


_______トレーニングウエアは露出が激しいって!!!


 恋する男子(不器用)は、雑念の入ったまま、二時間のトレーニングを終えた。

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