第79話

「………なので、リットルの千分の一がミリリットルになります。友里さん、聞いていますか?」


 ノートに授業とは関係ない図形を書きこんでいる友里に、美咲は白いチョークを置いて質問する。


 友里は短く答える。


「聞いています。」


 そう答える友里は、ノートから顔を上げない。


 美咲は、ため息をついた。

 そして、友里からノートを取り上げたところで意味がないことを理解したため、騒音をたてない限りは放置することに決めた。


 友里のノートには、図形と直線と曲線の交わりでできたがところ狭しと書き込まれている。


_______屋上から侵入するには、空を飛ぶ必要があるから却下。現実的なのは、今だ10通り。もう少し増やさないと。


 書いていたのは、上里町のショッピングモールの見取り図と、それぞれの作戦。


_______他の吸血鬼がやって来たら困る……これはダメだ、他の道を通らないと。


 鉛筆でさらさらと書き込むのは、友里が作り出したオリジナル言語。線の角度と交わる位置で単語を作っている。


 膨大なパターンを記憶できる友里のみにしか使えない言語だ。そのため、もし美咲に没収されたとしても、解読される心配はほぼないだろう。


 チャイムの音を聞き、友里は鉛筆を机の上に置く。

 ふと、友里の耳に笑い声が聞こえてきた。


 右を見てみれば、暑いグラウンドで動き回る上級生。笑顔で楽しそうにサッカーボールを蹴っている。


 友里は考える。


_______名無しさんに会いたい。今すぐにでも、作戦を実行したい。早く、生き返りたい。


 心拍数を押さえるために、目をきつく閉じ、息を深く吐き出す。集中すると、だんだんと笑い声が遠くへ、遠くへと行ってしまう。


 完全に音が消え去った世界の中で、友里は考える。


 ショッピングモールを必滅させる方法を。


 ◇◆◇


「友里さん、どうしたのでしょうか。」


 不安そうに聞く光國に、由紀は心配そうに答える。


「わからないわ。教室に来たと思ったらずっとあの調子でしょう?」

「今日は一度も本を開いていませんし、僕のことも無視しますし……。」


 そう言う光國に、由紀はため息をつきながら言う。


「無視するのはいつもと同じでしょう。」

「……そうだった。」


 光國はがっくりと肩を落として呟いた。

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