第80話

 授業も弓道の稽古も終った夜。

 下見からちょうど丸1日たった蒸し暑い夜に、友里は、名無しに電話をかけた。


「名無しさん。作戦会議をしませんか?」

『……電話をしてきたかと思えばそれか。いつだ?』


 あきれたように言う名無しに、友里は即座に答えた。


「できるならば、明日にでも。」

『急だな。悪いが、明日は無理だ。役場に食用血液の受け取りをしに行かなくちゃならない。』

「そう。じゃあ、いつならあいている?」


 友里のその質問に、名無しは少しだけ考えてから答える。


『……明後日の、7月7日だな。その日なら仕事もない。どうだ?』

「わかった。15時に図書館に。」


 名無しの短い返事を聞いてから、友里は電話を切る。スマホを机の上に放り出し、友里はベッドに横になった。


_______兄さん……。


 友里の脳裏に浮かんだのは、チャイナドレスの女の記憶。


 目の前で腹部を素手で貫かれ、ショック死した兄。

 友里の膝の上でどんどん体温を失っていき、すっかり冷たくなった兄。


 吐き気を覚えた友里は、近くにあった本をつかみ、開く。意識的に集中することで、兄、勇介の死から思考を遠ざける。


_______忘れられはしない。忘れはしない。


 復讐を誓う友里は、本を読み漁る。


 夜は、だんだんと更けていった。


 ◇◆◇


「ふむ、上里町のショッピングモール、ねえ。阿笠くん、どう思う?」


 白髪頭の男、伊東は、パソコンで報告書を書いていた阿笠に話しかける。

 阿笠は、短く答えた。


「水も食料もありますし、籠城するには良いのでは?」


 その答えを聞いた伊東は、大袈裟に首を振る。


「籠城するには良いが、住むには不便、だろう?」

「そーですねえ。喰料けつえきはどこかから持ってこなければいけないわけですし。」

「恐らく、ショッピングモールには何かしらあるはずだ。養殖場か、作業場か……。」


 思案を巡らせる伊東に、阿笠はズバリと言う。


「その案件は、警察庁に一任したのでしょう?俺らは他のところ……公民館を捜索しに行くのですから。仕事をして下さい。仕事を。」

「……書類仕事は嫌いなのだが?」


 悪びれることもせずにそう言う伊東に、阿笠は眉をひそめて腰の刀に手をかけながら言う。


「書類仕事が好きな物好きな人間は、阿笠班にはいません。いい加減、書類の山に手をつけてください。。」

「わかった、わかったよ。。頼むから日本刀はロッカーにしまっておいてくれ。」


 伊東は、しぶしぶ書類に手をかける。


 すべきことは、まだまだあるのだ。

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