第75話

 黒く炭化した建物の残骸を踏み越え、友里と名無しは上里町に足を踏み入れた。


「……変わってないね。」


 遠くを眺めてぼそりと呟く友里。


「いや、随分変わっただろ。」


 名無しは服についた汚れを払いながら、友里に言い返す。人の気配のない壊滅した町は、あまりにも寂しかった。


 友里は、迷うことなく足を動かす。


 目指す場所はたった一つ。ショッピングモールだ。


 すっかり様変わりした上里町には、黒と白と空の青が広がっていた。


 ◇◆◇


「ここ、だな。」

「うん。ここ。やっぱり、見張りがいるね。」


 上空から見下ろせば『十』の形に見えるであろう五階建ての大きな建築物を確認しながら、名無しと友里は小声で話あう。


 友里と名無しは、ショッピングモールから百メートルほど離れたところにある、無事だったコンクリート製のアパートの影にその身を潜めている。


 ショッピングモールの屋上と、広大な駐車場入り口のそこに、三人一組で吸血鬼が気だるげに立っている。日の当たるところでも死んでいない事から、混血か1代目の吸血鬼であることがわかる。


 全員、何かしらの武器になりそうな物を持っており、人数差や所持品から見ても正面突破はとても現実的とは言えない。


 友里は、リュックサックからノートを取り出すと、簡単な図形を描く。


「吸血鬼があそことあそこにいるわけだから、屋上には四組配置で中央に本部もしくは、下へ降りるためのエレベータールームに交代要員がいると思う。」

「……エレベータールームって、いくつある?」

「四つ。東西南北にそれぞれ一つずつある。」

「……なるほど?」


 名無しは友里のノートを覗きこみながら、友里の呟くような声を拾う。


「ついでに、地上の入り口は全部で8つ。東西南北と、建物のまたのところにあるドア。そこにも見張りがいるはず。」

「……どこから入れば良いんだ?地下とかか?」

「下水道を通っていけば行けない事はないとは思う。そのかわり、体に臭いがつくから、あとが大変になる。」


 ノートに黒丸を書き足していく友里を横目に、名無しはショッピングモールの様子を覗き見る。


 友里は、記憶をたどりながら、ノートにショッピングモールの地図を描いていく。


「四階と五階、あと屋上は駐車場。テナントが入っているのは一階から三階まで。中央は吹き抜けになっていて、シャンデリアみたいな照明が上に吊るしてあった。」

「地下に駐車場は?」

「無い。地上と四階以上のところだけ。」


 生暖かい風が名無しの頬を撫でる。手持ちぶさたな名無しは、すでに閉じた日傘を地面にさし、憎いくらいに快晴な空を見上げた。


「入れそうか?」


 退屈そうに質問する名無しに、友里は短く答える。


「うん。」

「そうか………はっ?」


 あまりにも軽い返事に、名無しは驚きを隠せなかった。日傘がパタリと音を立ててアスファルトの上に倒れる。


。ショッピングモール。でも、その前に、ショッピングモールの周囲を確認しないと。」


 友里は、感情を写さない瞳でノートを眺めながら、青空に呟いた。

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