第74話

 7月4日。

 快晴の空の真下、川沿いの公園で友里と名無しは待ち合わせをしていた。


 友里の格好は、青いストライプのワンピースに、ベルトのついたハーフパンツ、そして、大きめのリュックサックを背負っていた。


 大きな錦鯉が川をゆったり行き来するのを眺めていた友里だったが、ある人物を見かけたことで引きこもっていた自分の世界から抜け出す。


 もう7月だというのに薄い長袖を羽織い、日傘を指した男性。口元は使い捨てマスクで隠されている。


「名無しさん。来てくれてありがとう。」


 友里は相変わらずの無表情で名無しを迎える。

 名無しは深くため息をつくと、日陰にあったベンチに腰かける。


 しゃわしゃわと蝉の甲高い鳴き声が川の向こうから聞こえてきていた。


「こんな日差しが強いときに外に出なくたって良いじゃないか。今日は俺だってろくに動けないぞ?」


 名無しは不満げに友里に言う。


 混血Bの人間である名無しは、日光の元ではほとんど制限らしい制限はない。が、ここまで紫外線が強いと、話は変わってくる。


 よくよく首もとを見てみれば、赤い湿疹が薄く広がっている。少し辛そうだ。


 だが、友里は無慈悲に言う。


「日光が強いから良いの。吸血鬼達は日に当たれないから上手く追いかけてこられないでしょ?」

「つっても、俺もあまり動けないのだがな。」


 額に浮かぶ汗を拭いながら、名無しは皮肉げに答える。友里は知らん顔だ。


「とりあえず、行きましょう。私の故郷上里町へ。」

「……わかった。」


 うるさい蝉の鳴き声の最中、友里と名無しは日陰から出ていく。


 ◇◆◇


 上里町に着く少し前。寂れた公園の寂れた公衆トイレの前で友里達は一度立ち止まる。


「じゃあ、名無しさん。私は一回着替えてくるね。」


 友里はそう言ってキツいアンモニア臭のする公衆トイレの個室に入っていく。


 数分後、完全に着替え終わった友里がトイレから出てくる。


「……随分と季節感のない服装だな。」

「名無しさんには言われたくない。」


 友里の格好は、先程までの夏らしい爽やかな格好から打って変わり、灰色のパーカーにポケットの多い、七分丈のズボン、そして、使い捨てのマスク。


「お揃いだね。マスク。」

「……ここまで嬉しくないお揃いははじめてだ。」


 身につけたマスクに指を指し、冗談を言う友里から目をそらして、名無しは呟くようにそう答える。


 ズボンには、例の鉤つきロープもくくりつけてある。持ってきていないものは、目立つ弓矢だけだ。


「名無しさん。今日の目標は偵察。具体的には、吸血鬼の人数と配置、後は設備を見るのが目標。」


 友里はそう言うと、パーカーのフードを深く被る。


「行こう。故郷へ。」


 名無しは、友里の呟くような、決心するような声を静かに聞いていた。

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