第73話

 来る7月4日に向け、友里は情報収集と訓練を続けていた。


 友里がとくに重視したのは、どこかの映画で見た鉤のついたロープで建物の上へと登るという動き。

 上達すれば、逃走や侵入に使えるからだ。


 ホームセンターで購入したフックを友里の2倍の体重に耐えられるように改造した鉤に、ワイヤーロープを装着した鉤つきロープ。友里はそれを遠心力を利用して投げるようにしている。


 練習場所は、叔父の元書斎の窓。

 都合がいいことに、叔父の元書斎は二階に位置していた。


 一階上が義兄の部屋であるため、騒音をたてることはできないが、下には庭の芝生があるため、もし落下しても怪我をすることはなさそうだ。


 夕飯も終わり、皆がリビングでくつろぎだした頃、友里は一人、訓練を始めた。


「鉤よし、ロープよし。手袋も着けた。」


 装備のチェックをしてから、窓枠に鉤を引っ掛けロープを下ろす。


 友里は鉤が外れないよう、細心の注意を払いながらロープにしがみつき、窓の外へと降りていった。


 もうすぐ7月であるにも関わらず、すでに太陽は地平線の下に落ちてしまっている。生暖かい、やる気の感じられない風が友里の頬を撫でた。


 一階の半ばまで降りた友里は、まず、片手を離してみる。


 その瞬間、掴まったままだった左腕に友里自身の体重がかかり、ずるりとロープが手の中で滑った。友里はあわてて右腕をロープに添え、落下を回避する。


______腕の筋力がもう少し欲しい……。


 友里はそう考えながら、今度はロープを登ってみる。


 頼るところのないワイヤーロープはなかなか登りにくいが、決して登れない訳ではない。


______定期的に結び目をつけておけば登りやすくなりそうだ。


 頭を使いつつ、友里は叔父の元書斎の窓枠に足をかける。



 まだまだ改良の余地はありそうだ。


 ◇◆◇


「何よ、この血。不味いじゃない。」


 自身の豊満な体を大胆に晒すチャイナドレスをまとった女性が、真っ赤な液体の注がれたワイングラスを持った男性に不満げに言う。


 女性からの叱責を受けた男性は即座に謝罪する。


「申し訳ありませんでした。アリサ様。」


 そう謝罪する男性に、チャイナドレスを纏った女性、アリサは短く言う。


「次は子供の血が良いわ。肥満体型じゃない子供を二三人見繕ってきて。」

「かしこまりました。」


 アリサに命令された男性は、恭しく一礼すると、部屋から出ていく。


 男性が出ていったのを確認したアリサは、真っ赤な瞳を退屈そうに細め、部屋の中を見る。


 そこはもともと雑貨屋場所らしい。猫を模した置物や、シックな木製の本棚などが展示されている。


 アリサは、その雑貨屋に置かれていたキングサイズのベッドの上で横になっていた。


「ショッピングモールに住んだら楽しいかと思ったけれども……案外退屈なものね。」


 ポツリと独り言を漏らしながら、アリサはサイドテーブルに手を伸ばす。


 そこには、数枚の報告書が置いてある。アリサは、それに目を通していった。


「A区画の収入はいずれもプラス。問題はね。ちょっと消耗が多すぎるわ。」


______新しい家畜ヒトが必要ね。



 季節は夏へと近づいていた。

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