第76話

 ショッピングモールの周囲をぐるりと見回した後、建物の影にかくれた友里は、日陰でぐったりと座り込む名無しに水の入ったペットボトルを差し出し、口を開く。


「入る方法は、大きく2つ。一つはこっちが吸血鬼の格好をして正面から入る方法。」

「おすすめできねえな。赤いカラーコンタクトは存在しない訳じゃないが、子供がつけるもんじゃない。第一、カラーコンタクトだと騙せないな。」


 水をちびちびと飲みながら、名無しは友里に言う。友里も首を縦に振って言う。


「うん。人間と吸血鬼を見間違えないように、赤いカラーコンタクトは雑に作ってあるから、かなり難しいと思う。で、二つ目が………」


 ◇◆◇


「くそアチい……肌も痒いし、だから見張りは嫌いなんだ。」


 鉄パイプを持った吸血鬼が、となりの吸血鬼にぼやく。となりの吸血鬼も無言で頷いた。


「衣食住が保証されているのは良いが、やっぱ日光はダメだな。」

「わかる、わかる。死にはしないけど、違和感とか、痒みとか……なんかあるよな。」


 大きなナイフを持った吸血鬼に鉄パイプの吸血鬼は同意する。


 その時。


「おーい、今日の運搬だってよ。」


 帽子をかぶり、トラックを運転してきた吸血鬼がそう言う。

 引っ越し業者から盗んできたのか、愛らしいキャラクターのマークがトラックに描かれている。


「あいあい。荷物運びだって。_______ん?新顔さん?」

「お?あ、ああ。混血なんだが、流石に人間の世界じゃ生きていけなくなってな。」

「かーっ、世知辛いね。俺なんて人を喰っていたのがバレたからここに逃げてきたんだぜ?」

「無駄話をするな。さっさと運び込もうぜ。」

「へいへい。」


 ナイフを持った吸血鬼の指摘に、鉄パイプの吸血鬼が面倒くさそうに唸ると、トラックの扉を開ける。

 中に入っているのは、養殖場から届けられた血液。それがいくつも段ボール箱に納められている。


「ん!今日のはずいぶん重いな。」


 運び込もうとした一箱はなかなかに重量があった。


「どうせ血だろ?」

「あー、ね。」


 新顔の男の言葉に、鉄パイプの吸血鬼は相づちを打ちながら段ボール箱を室内に運んでいく。運ぶ場所は決まっている。一階北棟の冷蔵室だ。


 ◇◆◇


 こんなに広いショッピングモールだ。

 ここだけですべての生活……つまり、衣食住を済ませることはきっとできない。


 いや、ショッピングモールだから、服と住む場所には困らないだろう。が、食事はそうもいかない。


 吸血鬼は、血液を摂取しなくては生きてはいけない。見張りがいる辺り、相当数の吸血鬼がこのショッピングモールにいるはずだ。


 つまり、どこかから常に血液しょくじを輸送してこなくてはいけない。


 賭けの要素も大きかったが私は、そこを狙った。


 このショッピングモールで大規模な輸送ができる場所は、上の立体駐車場以外では北の棟の搬入口だけだ。ついでに、北の棟の一階には、スーパーマーケットがある。


 その事から考えても、吸血鬼たちは北の棟の搬入口をつかい、血液を輸送していると踏んだのだ。


 その後は簡単。輸送中のトラックを襲撃してトラックを奪い、名無しさんが運転を。私は荷物に紛れて侵入をするだけだ。


 とはいえ、何日おきに輸送をしているのか、何時に輸送するのかを私たちは知らない。けれども、私たちは、賭けに勝った。


「名無しさん、大丈夫?」


 人の気配がなくなったところで、私は名無しさんに問いかける。


「ああ。ここまで簡単にいくとは思っていなかった。だが、油断はできない。さっさと帰るぞ。」


 低い名無しさんの声が、私の耳に優しく届いた。


 そうだ。


 早く終わらせよう。


 私は、生き返るのだ。生き返ろうとしているのだ。


 肌寒い冷蔵室の中で、私は手を握りしめた。

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