第60話

 友里は、読み終わった本を図書館の本棚に戻すと、ちらりと右横を見る。

 そこには、本を読む光國。


 光國は、友里が見たことに気がついたのか、笑顔で友里を見返す。


 友里は思わずため息をついた。




「……光國、あなた、帰らなくて良いの?」

「………えっ!?」


 ぼーっと本を読んでいた光國に、友里はたまらず声をかける。もう、閉館までは秒刻みだ。


「あ……お昼ご飯食べるの、忘れてたなぁ……。」

「……お腹が空いているなら、これ、上げる。」


 腹を押さえる光國に、友里はバックから包装紙に包まれたチョコレートを出し、渡す。

 さんざん頭を酷使している友里は、アメやチョコレートを常に所持しているのだ。


 光國は呆然とチョコレートを受けとる。


「食べるのは外に出てから。早く帰ろう。日が沈む。」


 友里は本を本棚に戻し、立ち上がる。

 光國も慌てて友里に続いた。


 ◇◆◇


 オレンジ色の太陽が照らす道を、友里と光國は半ば駆け足で進んでいく。


 トン、トン、タンタンタン。


 軽い足音二つが、夕暮れの町に響く。


 ふと、光國が口を開く。


「友里さん、家、こっちでしたっけ?」

「いいえ。多少は遠回り。」

「ちょっ、何でこっちの道を通っているのですか!」


 光國は慌てて聞く。

 オレンジ色の日差しが光國と友里の服や肌を赤く染める。町も、オレンジや黄色に染まっている。

 光國の質問に、友里は短く答えた。


「危ないから。」


 友里の声を聞き、光國がよくわからないという表情を浮かべたその時。


「ねえねえ、お二人は悪い子かな?」


 粘着質な声が、奥まったところにある小さな路地から聞こえてきた。


 日差しが入り込まないそこは、真っ暗で誰がいるのかよく見えない。


 思わずそちらを見ようとする光國の右腕を友里はきつくつかみ、その場から離れる。

 離れぎわ、友里は後ろを振り返って、すんだ声で答える。


「悪い子じゃないわ。今からお家へ帰るの。」

「そっか、そっか。気を付けてね。もうすぐ。」


 粘っこい声を聞き流し、青い顔をする光國の手をしっかりと繋ぎ友里は足を早めた。



 物陰の吸血鬼は、ニコニコと卑屈に微笑んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る