第40話

「さて、秋田君、ちょっとだけ付き合ってもらえるか?」


 伊東は笑顔を浮かべながら友里に言う。

 友里は黙ってうなづくと、教室の中に入った。


 教室の中には、たくさんの背広がいた。おのおの、写真を撮ったり、書類をかいていたりとせわしなくうごいている。

 伊東は教室の隅に置かれていた椅子に友里を案内すると、メモ帳を取り出した。

 友里は案内に従ってパイプ椅子にすわる。


「忙しいところ、申し訳ないね。どうせなら本人に聞くのがいいだろうことがいくつかあるんだ。正確に答えてもらえれば幸いだ。」


 伊東はそう前置きすると、友里に質問を始めた。

 ありふれた質問に、友里は淡々と答えていく。


 十分とかからずに質問は終わった。


 メモ帳を閉じると、伊東は口を開く。


「助かったよ、秋田君。これからの質問は直接は事件にかかわりがないことだが、聞いてもいいかい?」

「……内容にもよります。」


 友里は膝の上に置いた本の表紙をなでながら、そう答える。

 伊東は嘘くさい笑みを浮かべて質問を始めた。


「君は、上里町事件の生き残りだと聞いたが、家族は元気かい?」


 『上里町事件』という言葉を聞いた周囲の吸血鬼討伐委員が、ぴたりと作業を止め、友里のほうをみる。


「……両親も、兄も、事件で亡くなりました。」


 友里は眉をひそめて、答える。脳裏に父と兄の死に姿がちらちらとよみがえる。 伊東は嘘くさい笑みを崩さずにさらに質問を重ねる。


「そうかい、そうかい。まあ、。逃げる途中で、特徴的な吸血鬼には出会ったかい?」


 友里の瞳に、怒りが浮かぶ。伊東はそんな友里を観察していた。


__さて、家族の死を『どうでもいい』と言われた彼女は、どんな反応をするのか……。


 伊東がいくつかパターンを考えていると、友里は目を閉じた。

 周囲の委員が友里に同情的な視線をむけ、伊東を冷たい目でにらむ。


 数秒してから、友里は目を開けて、口を開いた。


「特徴的の定義が分かりません。そろそろ授業が始まりそうなので、図書室に戻りますね。」


 感情の起伏も、抑揚に変化もない、淡々とした言葉。

 言葉には、怒りも悲しみも含まれていなかった。


 死んだ友里の瞳を見て、伊東は嘘くさい笑みを崩した。


 何も言わない伊東を置いて、友里は席をたつ。

 ぴしゃりと閉じられた扉を伊東は瞳孔が開ききった瞳で見つめる。


__そうか。そうか。特徴的な吸血鬼に出会ったのか。

「あの子は、何かを知っている……?」


 伊東の口元が、三日月にゆがめられた。

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