第41話

____目が、滑る。


 友里は、本から顔をあげて首を回す。

 脳裏にちらつくのは、伊東と名乗った男性と、家族。


 何百回、何千回と脳内でリフレインされた、真っ赤な記憶。吐き気を催そうが泣き喚こうが逃れることのできない結末。


 じくり。頭が痛みをもつ。


 じくり、じくり。心臓が早鐘を打つ。


 じくり、じくり、じくり。喉がひゅうひゅうという音を立てる。


 ガタッ


「友里さん。どうしました?」


 椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった友里に、美咲は不思議そうな顔をする。


 友里は、必死に美咲先生の音を声として認識し、口を数度パクパクと開いては閉じて、やっとのことで声を上げる。


「たいちょうが、わるいので、ほけんしつにいっても、いいですか?」


 声を紡ぎ、美咲に伝える。


 美咲は少しだけ首をかしげてから、「どうぞ。」と友里に言う。


 友里は頭を押さえながらふらふらと、図書室から出ていく。


 本は、図書室の机の上にポツンと残されていた。


 ◇◆◇


「やめて……だめ……ああ…………考えなきゃ………だめ、だめ……違う。……嫌い……やめて………嫌……逃げ…………………だめ。あああああ……いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだ……。」


 ぶつり、ぼそりと声を漏らしながら、友里は誰もいない廊下で足を引きずる。


 すっかり血の気の引いた顔。鳥肌のういた肌。

 友里は、限界に近かった。


 今すぐ、泣きたい。

 今すぐ、死んでしまいたい。

 今すぐ、消えたい。

 今すぐ、


「わすれたい……忘れたい!!」


 友里の目からポロリと大粒の涙がこぼれ落ちる。

 両手で押さえた口元からは自身への呪詛があふれて漏れる。


 こうしたらよかった。あのときにこうすればよかった。『たら、れば』に、意味がないことは理解している。でも、友里には、重すぎた。


 罪悪感が、重すぎた。


 忘れることを許さない自身友里の記憶力。

 自身を許せない呪う論理的な思考力。


____いっそ、狂ってしまえれば楽になれるのかもしれない。いや、もう、わたしは普通じゃない。


 押し寄せる罪悪感の波に、友里は廊下の上で気を失った。




「大丈夫か!?」



 友里の耳に、一瞬だけが聞こえたが、もう、目の前は黒一色に染まる。









 友里は、気がつくと、保健室のベッドの上で横になっていた。

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