第29話

 次の日の朝。友里は机に何か落書きがしてあることに気がついた。


『おやなし』

『キモい』

『しね』


____『死ね』くらい、漢字で書けば良いのに。


 友里はピンク色のランドセルから消しゴムを取り出し、擦る。

 鉛筆で書かれていたそれは、薄くなり、やがて跡形もなく消え去った。


 周りのは、友里には届いていなかった。


 ◇◆◇


 光國は、友里が泣くのを見ようと、わざわざ早く登校してきていた。


 教室に入ってきた友里は、机の落書きに気がつく。


 そして、表情ひとつ変えずに、落書きを消す。


「おい、何でだよ!」

「親無しの癖に!」

「聞いているのか?」


 友達が援護射撃とばかりに悪口を言う。

 が、友里は、何も反応をしない。


「無視すんじゃねえよ!!」

「キモいのよ!!」


 詰め寄る友達。

 しかし、友里はそれすら無視して、席につくと、本を開く。

 表紙は英語で、何の本なのかわからない。


「何読んでんだよ!!」


 一人が、友里の本を取り上げて、読もうとする。

 が、中も英語で、読むことができない。


「何読んでんの?うわっ、全部外国語の本じゃん!」

「何?わたし頭良いですアピール?」


 そう囃し立てる友達。

 その時。


 ガタッ


 友里が席から立ち上がり、口を開いた。


「それは、『我輩は猫である』の英語版。返して。それは、わたしのものじゃなくて、図書館の本。」


 冷たく、全く熱のこもっていない声。

 それは、熱を帯びていた取り巻きの頭を冷やすどころか、肝すら冷やした。

 女子が、友里に本を返す。

 友里は、それを受け取って、また席についた。


 教室は、あり得ないくらいに静まり返っていた。


 ◇◆◇


 光國の幼稚ないじめは、友里に何ら影響を与えることはないまま、ただ無意味に続けられていた。


 日常の一部と化した行為は、エスカレートすることもなく、ただ自然消滅を待つばかりと思えていた。


 けれども、いじめの自然消滅よりも先に、友里の異常性を全校生徒に知らしめるとある事件が起きてしまう。


 運命は、あまりに非情だった。

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