第27話

「皆さんの、新しいお友だちを紹介します。秋田 友里ちゃんです。」


 若い女性の先生、近藤こんどう 美咲みさき先生が、友里を紹介する。

 友里は自分の名前を黒板に書くと、


「秋田 友里です。よろしくお願いします。」


 と短く言う。

 あまりに短い自己紹介に、美咲は驚きつつも、「友里ちゃんに質問のある人はいますか?」と児童に聞いた。


 はーい、と無邪気に手をあげる児童たち。


「どこに住んでいるの?」

「下里町西区の8丁目。」

「兄弟はいる?」

「……兄が。」

「好きな食べ物は?」

「特にない。」

「嫌いな食べ物は?」

「特にない。」

「アニメ見てる?」

「最近は見ていない。」


 質問に対して短く、淡々と答える友里を、美咲は、一瞬だけ不気味に思った。

 しかし、首を小さく振ってそれを否定する。


____この子は、ちょっと変わっているだけ。普通の女の子じゃない。きっと、緊張しているだけよ。


 美咲はニコッと微笑むと、


「友里ちゃんの席は、青木くん……あの、髪の毛がツンツンな子の隣です。」


 と言う。

 それを聞いた友里は軽く頭を下げると、席についた。


____美咲は、知らなかった。連絡の不備で、彼女、友里が上里町からこちらへ引っ越してきたことを。友里が最近まで、病院に入院していたことを。


 友里が、自閉症気味の天才ギフテッドであることを。


 ◇◆◇


 友里は小学校の学習内容など、とうの昔に学び終えていた。窓際の一番後ろの席で授業を聞き流しながら、本のページをめくる。


「……なので、ゴンは、与作のために………。友里ちゃん、聞いていますか?」


 流石に目に余ると判断した美咲は友里に声をかける。

 友里は読んでいたページとページの間に栞を挟むと、顔をあげる。


「先生の話なら、聞いています。」

「……先生は、嘘つきは嫌いです。友里ちゃんはさっきまで本を読んでいました。」

「でも、聞いていましたよ?」


 話が今一つ噛み合わない。

 美咲は怒って、


「なら、さっきまで先生が言っていたことを説明してください。」


 と、友里に言った。

 友里は、席から立ち上がると、つかつかと黒板に歩みより、先生が国語の授業で言っていたことを書く。

 説明から部分音読、雑談、友里以外の人への指名やその内容まで。


 かっ、かっ、かっ、かっ


 チョークが黒板にぶつかる音が響く。パラパラとチョークの粉が、粉受けの上に舞い降りる。


 初めは意味が分からなかった美咲だったが、黒板を白いチョークの文字が3分の1ほど埋めたところで、これが、自身が授業で発言していた事だと気がつき、ゾッと冷たい何かが背を登った。


「も、もう大丈夫です。友里さん。」


 美咲はあわててそう友里に言う。

 その言葉を聞いた友里は、少しだけ首をかしげて、チョークを置いた。


____これが、下里町の小学校と、友里の小さな歪みが、初めてできた日のことだった。

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