第26話

 何百冊と積んだ本の山。

 その本が入るべき本棚は、ほとんどが空になっている。

 叔父の書斎であったそこは、今では友里の斬新な模様替えのせいでもとの姿からはかけ離れた様相とかした。


 カーテンは開け放たれ、窓からは太陽光がこの不健康極まる部屋に差し込んでいた。

 

 そんな部屋の中、友里は、唯一本がおかれていない場所、すなわち花柄のベッドの上に寝転がっていた。


 友里は、目を閉じたまま生まれてから今日までの記憶の大津波をやり過ごす。

 膨大な記憶の海は、便利の域を越えればただ辛いだけだ。『忘れる』ことのできない友里は、朝が嫌いだった。


 頭がある程度スッキリしたところで、友里は体を起こす。


 そして、脳内の本棚から叔父さんから渡されたプリントをとりだし、眺め、ランドセルのなかに必要そうな物を適当に突っ込んでいく。


 今日から友里は、下里町の小学校に通わなくてはならない。


 登校すべき時間は8時。友里の従姉妹にあたる秋田 美穂みほが学校までの道を教えてくれるらしい。


 正確に友里の気持ちを書き表せば、ありがた迷惑と言う他ないが、友里は兄に教えてもらった人付き合いの方法を身に付けていた。


 友里は、部屋をちらりと見て、必要ない本をいくつか本棚にあった並べ直すと、一階のリビングへと降りていった。


 ◇◆◇


「気をつけてね!」

「行ってきまーす。」

「……行ってきます。」


 美穂に連れられて、友里は小学校へと向かう。

 通学路は、川沿いの小道。

 深緑色に繁茂した苔。鼻につくアンモニア臭。放り投げられた空き缶にペットボトル。


 お世辞にも綺麗とは言えない川だった。


 友里は淡々と歩き続ける。真新しいピンク色のランドセルがまだ背中に馴染まず、いごごちが悪い。


 下里小学校は、コンクリートづくりのありふれた小学校だ。

 ただ、最近は保護者からのクレームのせいか、擦り傷程度の怪我人のせいか、いくつかの遊具が使用禁止になったらしい。美穂がそうぼやいていた。


 校庭の方を見れば、鎖でできたジャングルジムのような遊具に蛍光色のビニール紐が適当に巻き付けてあった。使ってはいけないということなのだろう。


 美穂は友里に学校での注意事項をいくつか伝える。


 廊下は走ってはいけないこと。

 先生の言うことをきちんと聞くこと。

 机に落書きをしてはいけないこと。

 授業中に携帯を取り出してはいけないこと。


 ありふれた注意事項だが、美穂は初めてできた妹のような存在に、姉として伝えたかったのだ。


 友里は、しっかりとそれを聞いた。

 

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