第24話

「久しぶりだな。何日ぶりだ?」

「……じゅうさんにち、ぶり。」

「よく覚えているな。」


 黒いレインコートに、使い捨ての白いマスク。

 あの時の、吸血鬼だ。


 友里は、理解ができる言葉に驚き、上手く出ない声を必死に紡ぐ。


「なにしに、きたの?」

「会いに来ただけだ。特に意味はない。」


 マスク越しの、くぐもったこえ。

 素っ気ないともとれるその返答に、友里は安心を感じることができた。

 喉が痛いのも忘れて、友里は質問を続ける。


「なまえ、は?」

「……俺の、か?」

「うん。」


 レインコートの吸血鬼は、少しだけ何かを考えたあと、答える。


「俺の名前は、ないな。」

「ないの?」

「ああ。無い。」


 名前の無い人。友里は、ふと思い付いて、口を開く。


「じゃあ、ななしさんだね。」


 ◇◆◇


 しばらく、レインコートの吸血鬼、名無しと、友里は途切れ途切れの会話を繰り返す。

 ふと、名無しのほうから口を開く。


「悪いな。俺はもう帰らせてもらう。……また、いつか。」


 そう言うと、名無しは窓の外へ飛び降りる。

 友里は呆然とそれを見つめる。


____行っちゃった。


 そう思ったその時、急に喉の痛みを思い出す。名無しと会話をしているときには忘れていた思考の外にでていた


 カウンセリングの先生によると、心へのダメージは、忘れることで回復することもあるらしい。


____『忘れる』なんて、できないと思っていた。


 実際、友里は過去の出来事を忘れることができない。どんな下らない記憶でも、どんな大切な記憶でも、平等に、均等に、降り積もる雪のように記憶は残る。苦しい記憶でも、楽しい記憶でも。


 けれども、集中することで、他の思考にふけることで、一時的に思考の外に追い出す事柄できることを、理解した。


 友里は、呆然と窓の外を眺める。


 三日月というには細すぎる月は、雲に隠れていた。

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