小学校編
第23話
友里は、病院の一室にいた。
上里町から脱出したあと、警察につれられてここに来たのだ。
友里に外傷はなかった。外傷は、だが。
声が音に聞こえ、意味が脳に伝わらない。言葉を聞くことが、できなくなっていたのだ。
人の話が聞こえないというのは、存外致命的なことらしく、外傷がないにも関わらず、友里は半月ほど病院の一室で寝転がる以外のことができないでいる。
医者の見立てでは、精神ダメージによる一時的な障害であるらしい。が、精神のダメージである以上、いつなおるのかが分からない。
友里は、カウンセリングを何度も何度も繰り返し受けていた。
治る兆しは、一向に見えない。
____治らない。だって、この痛みは私の弱さのせいだから。
◇◆◇
深夜。
睡眠薬の効果が薄かったのか、眠りにつくことができなかった友里は、ベッドに横たわったまま、窓の外を眺めていた。
病院の二階であるここからは、それなりに下里町の様子を望むことができる。
まだ光が残るビルの群れに、ふらふらと千鳥足で歩くサラリーマン。寂れた商店街のシャッターの落書きに、廃工場の割れた窓ガラス。
夜空に浮かぶ月は、すっかりと痩せ細り、三日月と呼ぶには少々細すぎるくらいになっていた。
下里町は、13日前の悲劇の爪痕がない。
ふと、脳裏に家族の記憶が再生される。
無口だけれども優しい父さん。明るくて、よく笑う母さん。賢くて、友達に慕われていた兄さん。
____ぜんぶ、わたしのせいだ。
友里は、その小さな体で背負うには重すぎる罪悪感でいっぱいいっぱいだった。
枯れきったと思っていた涙が、塩辛く頬を濡らす。
「おとうさん……おかあさん……にいさん……」
識別はできるが、色のない夜景を見下ろしながら、呟くように声を出す。
「わたし、は、……なんで、しねなかったのかな。」
____もう、心はとっくに死んでしまったのに。
「そりゃ、死んでなかったからだろ。」
「え……?」
窓の、鍵をかけていなかった窓の外から、友里が理解できる言語が、音が、声が、聞こえてきた。
そこには、希望がいた。
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