第20話

 腹から手を生やし、息絶えた勇介。

 それを呆然と見つめる友里。

 発狂したチャイナドレスの女。


 そんな中で、真っ先に行動を起こせたのは、杉田だった。

 比較的火の弱い、木造建築の隣の小道を見つけられた杉田は、そこへかけていくと、大声でチャイナドレスの女にこう言った。


「おーい、頭の軽そうな牛女!」

「……………あ"?」

「ヒッ!!!」


 思いの外ドスの効いたチャイナドレスの女の返事に、杉田の顔がひきつる。

 しかし、杉田はあきらめずに言葉を続ける。


「ず、図星か?図星なんだろ。額に青筋が浮かんでるぞ!」

「……………死にたいようね。良いわ。お腹はすいていないけど、ズタボロにしてあげる。」


 額の青筋をピクリ、ピクリと痙攣させながら、女はヌラリと杉田の方へと体を向ける。


「簡単に、死ねると思うな…………。」


 地獄の底から這い上がるような、恐ろしい声と威圧を発しながら、一瞬で距離を詰めようとする………が。


 がっ ガラガラガラガラ………


 杉田は火で脆くなった木造建築物を蹴りつけ、バリケードを作る。女は、バリケードで行く手を阻まれてしまった。


____さっき、友里ちゃんがやっていたのを見ていた!これくらいなら俺でもできる!


 杉田はそう考えて「こっちだ!牛女!」と挑発しながら小道を奥へ奥へと走っていく。

 挑発に誘われたチャイナドレスの女は、友里と、勇介の死体を放置したままバリケードによじ登り出した。ふっくらと美しい唇の隙間から、「殺す殺す殺す……」という声が漏れる。




 友里は、ただただ呆然としていた。


 脳裏に何度も何度も何度も何度も何度も何度も、


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、


 父と母と兄の死の事実が繰り返し、繰り返し映る。


 正確には、友里は優子の死を目撃している訳ではない。しかし、彼女の優れた脳は、優子の死を完璧に映し出していた。


____ああ。


 瞬きすら忘れて、ただただ脳内の圧倒的な情報量に耐える。発狂しそうになるほど、吐き気を催すほど、圧倒的かつ鮮明かつ狂気的。


____あああああああ。


 思い出すのは、その時の友里自身わたし自身の寝ぼけた行動に、対応。


____ああああああああああああ。


 知っている。父と母は、自らの命を投げ捨ててでも私たちを救おうとしたことを。

 知っている。途中で別れたあの4人がもう生きていないことを。

 知っている。杉田さんが私たちを心配していたことを。

 知っている。兄が強がって溢れそうになっていた涙をこらえていたことを。



 知っている。


 解っている。


 理解している。



 『もしも』なんて意味が無いことを。

 『後悔』に救いが無いことを。


 『わたし』が一人ぼっちになったことを。



「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ"あ"あ"あ"ああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」


『わたし』が、酷く愚かで、圧倒的な弱者で、皆の足を地獄へと引っ張ってしまったことを。


 燃えて脆くなった木造建築に衝撃を加えたように、簡単に、あっさりと、友里の心の支柱はへし折れた。




 満月は、地平線に沈もうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る