第13話

「……何か、嫌な予感がする。」


 ふと、杉田がそう言った。


「……どうしたの?」


 友里は、杉田の意図がうまくつかめなかったため、素直にそう質問する。


「いや、ただの予感カンだ。」

「一応、道を変えるか?」


 勇介が会話に参加する。あたりは、特に代わり映えはない。しいて言うならば、燃える木造建築の火の勢いがやや弱くなってきたくらいだ。


「……いえ。このまま、いきましょう。ここを通れたら、あとは山をつっきるだけ。ほかの道を通ろうとすれば、余計に時間がかかるだけだわ。」


 ふと、優子が振り返ることなく会話に参加してきた。杉田は、少し驚いたように優子を見つめる。


___これ以上、この子たちを不安にさせたくない。


 優子は、前の火炎で真っ赤に染まった道を睨みつけると、歩み続ける。




__下里町まで、あと3キロ。


 ◇◆◇


「このあたりか?」


 ピアスの男は、すっかりボロボロになった男の首根っこをつかんだまま、そう聞く。男には、もはや声を出す気力すらないようだ。力なく首を前後に動かす。


「そうか、そうか。」


 ピアスの男は、満足そうに頷く。彼の研ぎ澄まされた嗅覚は、すでに杉田の匂いをかぎ取れていた。ここからは、後ろからそれを追いかけるだけ。あまりにも、簡単な話だ。


「じゃあ、もういい。ありがとうな。人間。」


 ピアスの男は、そういうなり、必死にもがく男を部下に投げ渡す。断末魔の悲鳴が数秒だけあたりにこだまする。が、すぐにそれは業火の音に掻き消えてしまう。


__どんな人だ。アキタとやらは。


 ピアスの男は、口元を愉快そうにゆがめる。


__美味ければ、いいが。



 ◇◆◇


「……おいおい、何の冗談だよ……」


 すっかり血の気の引いた顔をした杉田は、絶望したようにそういう。

 それもそうだろう。周囲には、の吸血鬼。

 友里は、油断せずにあたりを見渡す。

 T字路であるこの道。後ろに三人、目の前に三人、右の道に二人、屋根の上に二人。見事に、囲まれている。


 先頭を歩いていた優子は、友里と勇介のほうを振り返る。優子は、含んでいるのが悲しみなのか、怒りなのか、絶望なのか、よくわからない表情をしていた。

 友里は、一歩、前に出る。そして、そっと母の手を握る。


「母さん、ごめん。」


 小さな声で、友里はそういう。「何が」と、優子はこぼす。


「手紙、渡すの忘れていたのを引き出しの中にかくしてたの。」

「こんな時に言うことかよ。」


 勇介は、ややあきれた声でそうつっこんだ。

 むつかしい顔をしていた優子の顔が、少しだけほころぶ。


 そんな時だった。


「なあ、話はそれで終わりでいいか?」


 前にいたピアスを付けた吸血鬼が、口をひらいた。そして、顔をにやりとゆがめると、


「ゲーム、しようぜ?」


 と、低い声でそう言ってきた。


 ありえないくらいに美しい満月は、いつの間にか頭の上に来ていた。


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