第11話

 火の海を進んでいく、友里たちと、杉田ら五人。

 全員、水を被ってから来た為、先ほど逃げて来たときよりも多少は辛くはなくなった。


 友里は、母、優子の背を見つめた。

 あれだけしっかりと握られていた母の手は、いまは離されている。


__よかった。これで母さんも多少は煙を吸うのを防げるようになる……!


 ハンカチ越しに呼吸を行いながら、友里はそう思う。

 いくら煙を吸わなくて良いとはいえ、火によって熱せられた空気さんそは、肺に痛みを与える。

 飛び交う火の粉を手で払いながら、前へ進んでいく。


__隣町まで、あと4キロ。


 ◇◆◇


 どれだけ前に進んだのだろうか。

 あいも変わらずな風景大火災に、うんざりして来た友里は少し目を細めて、脳内の本棚から、上里町についてをまとめたノートを引き出す。

 風景は変われど、ここはまだ、上里町。これから通るであろう道のことを考えて、憂鬱な気分になる。


 ふと、杉田の集団のうち、一人の女性が、口を開いた。


「ねえ、別にさ、こんな火事の真ん中を突っ切っていかなくても、良いんじゃないの?」


 その一言を皮切りに、だんだんと、疑問不平不満の声が湧いてくる。


「そうだよ。第一、公民館から逃げて来てからまだ一度も吸血鬼にあっていないじゃん。」

「てか、何でこんなとこ通ってんの?」

「熱いし、喉も乾いてきた。」

「もう足痛い。疲れた。」


 杉田は、渋い顔をする。が、友里の意図を理解できていない以上、何も言うことができない。


__子供二人は何も言わずに歩いているというのに……!


 情けない思いを感じながら、杉田は、黙って足を進め、チラリと勇介と友里をみる。


 勇介は少しだけ眉をひそめているが、友里の表情には変化が見られなかった。彼らの母親だという優子は、一番前を歩いている為、表情を伺うことはできない。


「ここを通ろうって言い出したのって、誰だっけ。」

「なんか、そこのちっこい女の子じゃなかった?」

「マジで何でここを通ってんだよ。」

「てか、そもそもどこに向かってんの?」


 杉田はこの会話に軽い頭痛を覚え始める。

 そもそも、こちらは友里たちに付いてきているのだ。文句をいうなら、別行動をすれば良いだけだ。

 杉田自身、吸血鬼に遭遇していないのは、不思議に思っている。これだけ大規模な放火を行い、あまつさえ避難命令すら出させているのだ。吸血鬼が複数の場所を同時に襲撃していることは、容易に考えられる。

 当然、膨大な数の吸血鬼が近くにいるだろう。

 けれども、吸血鬼の影すら見当たらない。

 働かない頭をどれだけ動かしても、この子友里について行けば、何とかなるだろうという結論しか浮かばない。

 

「……不甲斐ない。」


 杉田はボソリとつぶやいた。そのとき。


「なあ、杉田、お前もそう思うだろ?」


 ふと、隣の男性から声をかけられた。


「ん?何をだ?」

「いや、だから、俺たちは別行動したほうがいいんじゃないか、って。」


 我に返った杉田は、同僚たちをみる。

 そして気がついた。だんだんと、不平不満の声が大きくなっていることに。

 中には、「あの三人、私たちを焼き殺そうとしてんじゃないの?」というわけのわからない発言も出てきている。

 慌てて前の三人を見てみるが、何ら反応はしていない。無視をしている。


「俺らは、あの三人に、ついて行ってるんだぞ?!」

 

 杉田がそう言うと、同僚は、意味がわからないという表情をして、「それで?」と言って見せた。


__冗談じゃない!


 激しい頭痛が杉田を襲う。





 その時、急に、勇介が歩みを止めた。


 そして、くるりと、振り返り、一言。


「『どうか、一緒に連れて行ってください。』」


「は?」

「え?」


 五人は、意味がわからないという表情かおをする。


「あなた方は、それを言っていません。そのことから、そもそも、僕たちとは一緒に行動しているとは言えません。」


 勇介は淡々と、発言する。


「はあ?!」

「何言ってんだよ!」


 杉田以外の四人が、勇介に食ってかかる。

 勇介は眉ひとつ、表情筋一筋かえない。


「僕たちは、ここを通った方がいいと思って、この道を通っています。また、あなた方の中で、名前を名乗ったのは、杉田礼司さんただ一人です。そして、僕たちが僕たちの名前を教えたのも、杉田礼司さんただ一人です。」


「何が言いたいのよ!」


 女性が、ヒステリックにそう叫ぶ。


「わからないのですか?杉田さん以外、他人です。知らない人です。」


 勇介は、怒鳴ることもせず、声を荒げることもせず、けれども、畳み掛けるように言う。


「別行動したいのなら、どうぞ、ご勝手に。そもそも、一緒に行動していませんから。」


 四人の、憤慨する声。ぽかんとしてそれを眺めていた杉田だったが、はっ、と我にかえる。


 そして、今だにギャアギャアと文句をいう四人を放置し、勇介の前に歩み寄る。


 そして、深々と頭を下げて、言う。


「どうか、一緒に連れて行ってください。」


 その行動を見た四人は、さらに大きな声を出す。

 勇介は、しばらくそれを見つめた後、「母さん、友里。」と、二人に声をかけた。


「何?」


 母さんは、久々にこちらを振り向く。友里は、チラリと杉田さんを一瞥する。


「杉田さんを、連れていっても大丈夫?」

「いいわよ?」

「……まあ、兄さんがいいって思うなら、いいんじゃないの?」

「じゃあ、大丈夫です。……杉田さん、顔をあげて下さい。」


 杉田は、顔を上げる。目に入ったのは、勇介の、優しげな笑顔だった。

 そして、手を伸ばして、言う。


「行きましょう。……一緒に。」

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