第8話

「小学校、行っちゃダメだ。絶対くるから、吸血鬼が。」


 友里は、ポツリと、しかし確かに聞こえる声でそう言った。母の優子は、握りしめた友里と勇介の手首はそのままに、足を止める。


「どうして?」


 友里たちに背を向けたまま、優子はポツリと聞いてきた。


「これは、異常だから。これだけ派手に住宅街を放火したり、ファミレスに吸血鬼が堂々とやって来るなんて、あり得ない。」


 友里はそういいながら、前の通学道を見つめる。

 案内する人の姿や、逃げ込む人は誰一人見当たらない。火災の赤々とした光によって照らされた道の上には友里たち三人のみだ。


 夜空を赤く焦がす火は、私たちは焼いていない。強いて言うなら、煙が多少苦しいくらいだ。

 つまり、なのだ。


 他にも違和感はある。

 なぜ、吸血鬼が堂々とやって来ているのに、吸血鬼討伐委員が出てこないのか。パンフレットにも、先生にも、あれだけ吸血鬼を見たら吸血鬼討伐委員会に連絡しろと言われていたのに、今だに通報されていないわけがない。


 緊急避難命令の来たタイミングで吸血鬼がファミレスにやって来たが、実際はそんなわけがない。

 もっと別のことがあってから、その更に後になって緊急避難命令が出たはずだ。


「だから、人がたくさんいるところには、いかないほうがいい。小学校なんて、特に避難指定所で、しかも子供とその親が多そうなところ。そんなところに行くなんて、自殺行為。」


 友里は、短くそう言うと、辺りを見る。


 今は誰もいない。

 けれども、ここにいるべきではない。


「逃げよう。……ここから、遠く離れたところに。」


 チラリと頭をよぎったのは、日本中が吸血鬼たちに支配されてしまうという結末。実際にはそんなことは起きない上に、起こせない……はず。


 とあるゾンビ映画では、たくさんの人が大きなショッピングモールに立てこもるというものもあるが、今回の場合、それはあまりにも悪手だ。

 吸血鬼なら、バリケードを作ろうが扉に鍵をかけようが、叩き壊して入ってくることができる。籠城して私たちにんげんの食料が尽きて仲間割れが起こるよりも先に、私たちが吸血鬼の食料になってしまうだろう。

 当然、それには救助も間に合わない。


 どこに逃げるべきかは、今の時点ではわからない。けれども、せめて、町の外にくらいは出るべきだ。


 優子は、少しだけその場に立ち止まって、何かを考える。

 そして、歩く方向を変えた。


「……隣町。」


 母が、私たちに何かをいう。


「隣町の、下里町に行くわ。ここからなら、あと7キロは歩かないとだけど。」


 そういうと、母は歩き出す。







 チラリと見えた母の横顔には、涙が一雫、伝っていた。

 

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